南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: oldninja7は在日である

投稿者: oldninja7 投稿日時: 2012/02/16 18:28 投稿番号: [38895 / 41162]
俺は在外の日本人だ、でも先祖は天皇家と同じで帰化人が混じっているかもしれないな、

お前は日本に多分まだ2−3%位は残っている在日の生粋の日本原人で熊襲か、蝦夷の子孫で愛国風のウヨだな。

愛国風は偽物で本当の愛国者とは違うんだよ。

Re: マレーシア華僑 ニャンコチャンの捏造

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/16 16:18 投稿番号: [38894 / 41162]
>在るよ読み返しな

中国人が中国人を殺しました、なんて言う訳ねぇ〜だろが(失笑)

Re: マレーシア華僑 ニャンコチャンの捏造

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/16 16:12 投稿番号: [38893 / 41162]
在るよ読み返しな、嘘吐く君。

Re: マレーシア華僑 ニャンコチャンの捏造

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/16 13:14 投稿番号: [38892 / 41162]
>君は証拠を見せても理解出来ないんだね、

中国語の証拠なんかあるわけないじゃんか(大笑い)

Re: マレーシア華僑 ニャンコチャンの捏造

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/16 12:21 投稿番号: [38891 / 41162]
君は証拠を見せても理解出来ないんだね、中国語は少しは読めるんじゃなかったっけ、嘘吐く君。

Re: マレーシア華僑 ニャンコチャンの捏造

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/16 10:17 投稿番号: [38890 / 41162]
>君は何時もギブアップしているよね、今回も自分で資料を探せなかったと言うことだね>

いいから早くマレーシアの抗日華僑が親日華僑を殺したという証拠を
出しなよ!

出せないだろ〜、うそなんだから。
本当に、たちが悪いね、ニャンコは(失笑)

ばかanoyo_konoyoへ re 日本人の性

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/16 10:10 投稿番号: [38889 / 41162]
>何でも、日本人の性にしちゃダメだぜ〜

だからぁ〜、(日本人の性)って何だよぉ〜?
四十八手の事?

全然興味ないんだけどね、ボケナス!

Re: マレーシア華僑 ニャンコチャンの捏造

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/16 08:01 投稿番号: [38888 / 41162]
君は何時もギブアップしているよね、今回も自分で資料を探せなかったと言うことだね、ハイハイ学校出身では無理だよ、嘘吐いた君。

fukagawatoheiは左翼にあらず、気違い在日

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/15 20:52 投稿番号: [38887 / 41162]
確かに気違いの在日である。人間としての(人間であると仮定して)中味は日本人への憎悪だけである。

だから全ての議論は無意味である。

fukagawatoheiの書き込みが不愉快なら、その分を憎悪に置き換えて、fukagawatoheiがやるように、娑婆の手近な在日に向ければいい。

それが気違い在日fukagawatoheiやそれに類する在日に対処する唯一有効な手段である。

繰返す。議論は無駄である。

Re: マレーシア華僑 ニャンコチャンの捏造

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2012/02/15 20:43 投稿番号: [38886 / 41162]
何でも、日本人の性にしちゃダメだぜ〜。

真実の歴史を深く鑑み反省も無い、反日サヨ、お前だろ〜。

ハヨ、日本国籍外れての、反日特亜三国人になって貰いたいものだがの〜。

Re: マレーシア華僑 ニャンコチャンの捏造

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/15 13:03 投稿番号: [38885 / 41162]
>ハイハイ学校出身なんだね

結局ギブアップだね。
なんでも中国人のせいにしちゃダメだよ、ニャンコちゃん!

Re: マレーシア華僑

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/15 11:48 投稿番号: [38884 / 41162]
ハイハイ学校出身なんだね、嘘吐く君は。

Re: マレーシア華僑

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/15 11:36 投稿番号: [38883 / 41162]
>抗日団体と首謀者
>君は嘘吐くが当方は資料に基づいているから、嘘吐く必要は無い

はいはい。いいから早く抗日華僑グループが親日華僑を殺したという
証拠を出してくれよ。

出せないだろ〜ね、いくら捏造が得意のニャンコチャンでも(爆笑)

Re: マレーシア華僑

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/15 11:10 投稿番号: [38882 / 41162]
何でも無いよ、彼等が親日の人間を単に殺して音言うだけ、嘘吐く君には理解出来ない様だね、嘘吐く馬鹿君。

Re: マレーシア華僑

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/15 11:09 投稿番号: [38881 / 41162]
抗日団体と首謀者

星洲華僑各界抗敵後援会調査部   黏文華

中華民族解放先鋒隊        劉壯丹、蘇棠影

馬来亜労工抗日団      林謀盛

抗敵除奸義勇隊       王宣化、名炎之

中華民族復興団       劉滌民

鋤奸別動隊         施方平

君は嘘吐くが当方は資料に基づいているから、嘘吐く必要は無い、脳死脳と吐く馬鹿君。

Re: マレーシア華僑

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/15 11:08 投稿番号: [38880 / 41162]
>首謀者の名前は判明しているからね。
陳嘉庚、曾紀辰、林文田、李偉南、陳振賢、郭新、陳開国、林師萬、古実根、揚惺英   之が抗日の首謀者だね。>

あぁ〜そう、だからなぁ〜に?

Re: マレーシア華僑

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/15 11:00 投稿番号: [38879 / 41162]
首謀者の名前は判明しているからね。

陳嘉庚、曾紀辰、林文田、李偉南、陳振賢、郭新、陳開国、林師萬、古実根、揚惺英

之が抗日の首謀者だね。

Re: マレーシア華僑

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/15 10:51 投稿番号: [38878 / 41162]
>何度も出しているからね

はいはい、うそつき君(嘲笑)

Re: マレーシア華僑

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/15 10:50 投稿番号: [38877 / 41162]
何度も出しているからね、チャンと記憶しなさい、脳死君と同じだね、嘘吐くな。

「喜び組」出身の“側室”

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/15 10:23 投稿番号: [38876 / 41162]
「喜び組」出身の“側室”   父は日本軍協力者   金日成主席は正恩氏を孫と認めず   産経ニュース   2012.2.15 07:39
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120215/kor12021507430002-n1.htm
>関係者らの証言などによると、京沢氏は1929年に出稼ぎのため渡日。陸軍管理下で軍服や天幕を作る大阪市の「広田裁縫所」で働いた。戦後、済州島への密航船を運営し日本の警察に逮捕され、出所後、62年に家族を連れ北朝鮮に渡った。法務記録には「強制退去」と記された。他の在日朝鮮人のように「地上の楽園」を夢見た帰国ではなく、半ば強制的な送還だった。

よく目を凝らせば(凝らさなくても)「従軍慰安婦」「強制連行」などとは全く異なる日本と朝鮮(韓国+北朝鮮)の関係が見えて来る。

一色に塗りつぶすのは何かの「意図」があるからである。

単純明快、歴史的に、汎地球的に、普遍の法則である。

在日や韓国人などは日本人がこれに目覚めるのがいやだろう。意図が挫かれ場合によっては、または必然的に、彼らの組織や活動が叩き潰されることになるから。

普通にしていれば並存可能なものも、図に乗ってのさばると実相を暴かれ、叩き潰されることになる。

その気になれば、つまり目覚めれば、実に簡単なことである。今までどいつがのさばっていたか衆知なのだから。

fukagawatoheiは左翼にあらず、在日なり

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/15 09:35 投稿番号: [38875 / 41162]
それも気違いの在日である。人間としての(人間であると仮定して)中味は日本人への憎悪だけである。

だから全ての議論は無意味である。

fukagawatoheiの書き込みが不愉快なら、その分を憎悪に置き換えて、fukagawatoheiがやるように、娑婆の手近な在日に向ければいい。

それが気違い在日fukagawatoheiやそれに類する在日に対処する唯一有効な手段である。

繰返す。議論は無駄である。

マレーシア華僑

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/15 09:23 投稿番号: [38874 / 41162]
>マレーシアには華僑が多かったからね、抗日華僑と親日華僑が居たんだけど、親日華僑が抗日華僑に虐殺され、日本軍の仕業に見せかけられた等言うお話しだよ、之は良く知られたお話し。>

ニャンコチャンの話の記録があったら信用するよ。
早く出してちょうだいね(大笑い)

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/02/15 09:11 投稿番号: [38873 / 41162]
嘘付きで作り話の名人?

catcatcatanddog は、作り話がヘタクソな嘘吐きだ。

辞書や事典が記述する歴史的間違い(1)

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/15 05:07 投稿番号: [38872 / 41162]
日本軍が餓死した資料を見せて頂戴な、嘘吐き野郎君。

◆「南京」の真実を伝える証拠写真

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/02/15 01:29 投稿番号: [38871 / 41162]
●南京への日本軍の入城式で、食糧やタバコの配給を受け、歓声をもって迎える南京市民(毎日版支那事変画報 1938.1.11発行)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/CheersNanking.jpg

●南京市民に食糧等を配る日本兵たち。(イギリス系新聞「ノース・チャイナ・デイリー・ニュース」1937.12.24付   南京占領の11日後)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/Nanking19371224.jpg

●日本兵から菓子をもらって喜ぶ南京の家族(1937.12.20撮影   朝日版支那事変画報1938.1.27刊)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/Nanking19371220c.jpg

●南京市民と楽しく会話する日本兵ら(1937.12.20撮影   南京占領の7日後   支那事変写真全集1938年刊)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/nanking19371220b.jpg

●日本軍による南京占領5日目の朝日新聞
(右)武器も持たず中国人から買い物をする日本兵。
(中上)南京に戻ってきて畑を耕す中国人農民。
(中下)平和になって南京に戻ってきた中国人ら。
(左)中華街の名物、街頭床屋。子どもも大人も手製の日の丸の腕章をして笑っている。
(朝日新聞   1937.12.18付)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/nankin01.jpg


●南京占領8日目の朝日新聞。タイトルは「きのうの敵に温情《南京城内の親善風景》」
(右上) 治療を受けている中国傷病兵
(左上)日本軍将兵の情に食欲を満たす投降兵
(真ん中)中国人のお店で買い物をする日本兵ら
(右下)山田部隊長と語る敵の教導総隊参謀、沈博施小佐
(左下)南京城内でくつろぐ中国人市民ら
(朝日新聞1937.12.21付)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/nankin02.jpg


●南京の病院の中国負傷兵と看護する日本兵(ノースチャイナ・デイリー・ニュース   1937.12.18付   南京占領の5日後)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/ChineseHospitalNanking.jpg

●「中国人は日本人カメラマンが行くと、積極的に子供をかかえて撮影に協力してくれる。日本兵や日本人を恐れていなかった」(カメラマン佐藤振寿氏。南京占領の2日後   1937.12.15撮影   南京安全区にて)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/Safety_Zone_citizens.jpg

●日の丸の腕章をつけ、通りで野菜を販売する南京市民(1937.12.15   南京占領の2日後)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/19371215nanking_citizens.jpg

●安全区で南京市民に食糧や菓子を配る日本兵ら(南京占領の5日後   1937.12.18付   東京日日新聞より)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/Nanking_Safety_Zone1218.jpg

●疫病防止のため南京市民に予防措置を施す日本の衛生兵(南京占領の7日後   1937.12.20林特派員撮影   朝日グラフ   1938.1.19刊)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/Eiseihei.jpg

●平和の戻った南京で、ジョン・マギー牧師のもと日曜礼拝を持つ中国人クリスチャンら(朝日新聞1937.12.21付の「南京は微笑む」の記事より)
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/nanking19371221.jpg

◆元第16師団連隊長 魂の講演録⑥

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/02/15 01:27 投稿番号: [38870 / 41162]
9、太田壽男
南京の停泊場司令部の職員の少佐が、「12月16、17、18日に何万という死体を処理した」と書いています。

この人は後に戦犯となり、満州の撫順収容所に収容されてそこで書いたものであります。
ところが同停泊場司令部に梶谷という職員(曹長)の日記によると、太田少佐は12月16、17、18日に南京にはいなかった。
この人は12月25日に、上海から初めて南京に来た人であります。
太田という人は、戦犯収容所に収容されて、おそらくそう書くように強制されたものだと思います。
  それをいかにもまことしやかに、虐殺の証拠だと言うのです。
  太田少佐の手記については、毎日新聞静岡支局の武田某という記者が広島市に住んでいる畝本正巳氏(陸士46期。戦車隊中隊長として南京攻略戦に参加、偕行社編纂の「南京戦史」の編纂委員)のところに聴きに来た際、畝本氏は、
  「そんな馬鹿な事は無い」
  と、梶谷日記も見せて、太田少佐の手記の誤りである事を説明しています。
ところがそれが毎日新聞の記事になってみると、虐殺の動かぬ証拠として太田手記を載せ、しかも少佐であった人の証言であり、間違いないと言っているのです。
畝本氏の証言も梶谷日記のことも、一切無視しているのです。
今、お話したようなことが、「南京大虐殺」論の実態なのです。

南京に虐殺があったという主張にこれだけウソが多いということがお判りになれば、逆に虐殺は無かったという証拠になるのではないでしょうか。
「あった」という証明は簡単なのですが、「無かった」という証明はなかなか難しいのです。
ですから、「あった」という論にこれだけウソが多いことを指摘して、逆に証明する以外ありません。
しかしその指摘は、私や戦友、部下達が直接体験したところから出ているのです。

◆元第16師団連隊長 魂の講演録⑤

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/02/15 01:07 投稿番号: [38869 / 41162]
5、東史郎(あずましろう)
歩兵第20連隊第3中隊上等兵。
わが南京プラトーン」という著書で随所に諸上官の悪口を書き、戦友の非   行として虐殺、強盗、強姦の情景を描写。
又「7千人の捕虜を各中隊に分配して殺害した」「中隊長自ら斥候(偵察)   に行った」等と書いています。

彼は私の連隊の兵士です。
捕虜を各中隊に分配して殺害するというような事はあり得ませんし、現に   私の中隊はそんな分配など受けた覚えはありません。
またどんなに激戦であろうとも、中隊長が約200人の部下の指揮を放棄して斥候に行くなんて、そんな馬鹿なことも考えられません。

各中隊はみな「中隊会」という戦友会を持っていますが、そんなウソを平気で書く男ですから、戦友会を除名されております。

また、「東という兵士が倉庫に秘蔵していた手記を我々に資料として提供した」と発表した新聞がありますが、同じ町に住んでいる私の部下が、私に手紙を送ってくれて、「東の家に倉庫なんてあったことはありません」と、はっきり言っております。
又、朝日新聞の記事によりますと、彼は自分の階級を「軍曹」と詐称して福岡で講演したこともあります。


6、北山与
歩兵第20連隊第3機関銃中隊。
「12月13日西山(前記の溝山のこと)麓で捕虜を火刑に処す」
「12月14日戦銃隊は紫金山の掃討、約800名、武装解除後、皆殺し」と証言。

これは私が第3大隊長代行として指揮した部隊の兵士です。
こんな命令を出したこともありませんし、これほど重要な事を、直接の指揮官である私が知らないはずがありません。
そんな大ウソを、朝日新聞は喜んで書いているのです。
彼はまた、自分は日記を書いたけれども、それは中隊長に検閲されるから差し支えのないことばかり書いた、と言っておりますが、戦場の中隊長は、兵士の日記を点検するほど暇ではありませんし、またどの兵士が日記を書いているかなんてことは判りません。


7、上羽武一郎
第16師団衛生隊の担架兵。
「戦場で放火、殺人、切り捨て勝手たるべしの命令があったので毎夜民家に放火して、住民をあぶり出して殺害した」と、メモに書いていると、新聞のインタビューに答え、
「中山門攻撃の歩兵第20連隊の多数の死傷者を運搬のため、住民中の青年約100名を徴用、使用した後虐殺」と証言。
「放火、殺人、切り捨て勝手たるべし」などと言う馬鹿なことを言う指揮官がいるわけがありません。
また当時の戦場の住民の中に、100名もの青年がそこいらにいる等という事はあり得ません。

8、最近、私が聞いた話で、京都に共産党をバックにした団体がありますが、それが舟橋照吉という男の日記が出た、これが虐殺の動かぬ証拠であると盛んに言っております。
  週刊誌に出たその日記なるものを私は子細に読みました。
  輜重輸卒(補給部隊)で京都の連隊に入ったそうですが、まるで自分1人で敵陣に突入し勇戦奮闘したようなことが書いてあります。
  輜重輸卒が戦闘に参加したり、まして敵陣に突入するなんてことはあり得ない事です。

◆元第16師団連隊長 魂の講演録④

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/02/15 01:06 投稿番号: [38868 / 41162]
実際に戦争に行った人間が、手記を書いたり日記を書いたりという形で色々虐殺を言っています。

  まず第一に、日記や手紙を書いたというのがおかしいと思います。
  戦場で兵士が日記を書けるものかどうか。
  背嚢(はいのう)は必要最小限の携行品で一杯になっています。
  その中へ一体何冊のノートを入れていったのか?
  筆記具は鉛筆なのか、インキなのか?
  当時はボールペンなどはありません。
  終日戦闘を続けて、あるいは土砂降りの雨の中を一日中行軍して、くたくたになって露営して、暗闇の中にはロウソクの灯りさえ無いのです。
  また敵と至近距離に対峙(たいじ)して夜を徹することもあります。
  戦場では、眠るのが精一杯のことが多いのです。
  そんな中で、どうして日記が書けるのでしょうか?
  丹念に日記を書くという力があったのでしょうか?
  それだけ考えても、戦場で書いた日記だというのは、どうも信用出来ないのです。

  彼らの証言をいくつかあげてみましょう。

  1、中山重夫
   岩仲戦車隊の兵で、昭和12(1937)年12月11日に雨花台(南京城南側、中華門外の台地)で、約4時間にわたって捕虜が虐殺されるのを見たと証言。
  静岡県の中学教師、森正孝という人物が作った「侵略」という8ミリ映画を持ち歩いて各地で講演をして回っています。
 
  昭和12(1937)年12月12日は激戦の真っ最中で、そんな中で捕虜を殺している余裕は絶対に無いのです。
  まして数時間もそれを見物するなどは考えられません。
  特に、中山重夫氏が配属されていた戦車隊は、南京城東側の中山門攻撃に加わっており、11日、12日の状況はすでにお話した通りです。
  この部隊にいた兵士が、南京城南側の雨花台で捕虜の虐殺を見るわけがないじゃないですか。
  そんな大ウソを平気で言うのです。

  2、曽根一夫
   豊橋の歩兵第18連隊の軍曹(分隊長)として従軍。
   「私記南京虐殺」3部作を発表、その中で蘇州河の戦闘につき、
  「11月7日朝霧の中工兵の人柱による橋上を敵弾を冒して走り、敵弾命中し河中に転落」と書いております。
 
  これが全くのウソであります。
  曽根一夫は豊橋歩兵第18連隊の軍曹ではなく、名古屋の野砲第3連隊の初年兵であったことを、彼と同じ中隊(野砲3、第12中隊)にいた戦友が証言しており、所属部隊の階級も全くデタラメですし、蘇州河の戦闘になどは参加しておりません。
  また第18連隊の中隊長、及部巷氏は、
  「11月7日は激しい風雨であり(朝霧などは無し)、蘇州河は水深2メートル余りで人柱等不可能、さらに当時は敵弾の飛来等ある状況では無かった」と、証言しています。
  こんなウソを平気で言っております。

  3、富沢孝夫
   海軍の暗号兵。
  「昭和12(1937)年12月11日、松井軍司令官の虐殺を戒(いまし)める暗号を傍受・解読した」と証言。
 
  海軍の暗号兵が陸軍の暗号を傍受・解読する事は、技術的に出来ないのです。
  さらにもう1つは、12月11日には、松井軍司令官は蘇州で入院しておられ、南京にはおられません。
  にもかかわらず、彼は平気でそういう事を言っております。

  4、石川フミ
   東北出身の日赤の看護婦で、病院船筑波丸に乗って揚子江を遡行(そこう)、12月27日に南京に上陸、中山陵を見物し、途中で「女、子供の死体が散乱しているのを見た」と証言。

  そんな時期に、そこいらに死体がある訳がありません。
  現実に、私は何度か中山陵に行きましたが、一体の死体も見たことはありません。
  何度も通った私が全然見ていないのに、たった一度行った看護婦が、散乱した死体を見るわけがないじゃありませんか 。

◆元第16師団連隊長 魂の講演録③

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/02/15 01:06 投稿番号: [38867 / 41162]
反日赤旗記者の捏造本

「隠された連隊史」という本を、共産党「赤旗」の下里正樹という記者が書いております。
 
これには私の属しました福知山歩兵第20連隊のことが書かれています。
 
大体、共産党の機関紙の記者が書いたものですから、内容は読まずとも知れたものですが、私の連隊のことを書いているものですから読んでみますと、よくもまぁこれだけ大ウソを書けたものだと思うくらいのものです。

  イ、「歩兵第20連隊では兵士が上官の指揮を批判し、命令に反抗し、将校はひたすら兵に迎合して兵の非行も黙認し、部隊内には下克上の空気蔓延し、将校の権威も指導力も全く零であった」

  私は第20連隊の中隊長として、兵士の機嫌を取らねばならない等と、思った事さえ1度もありません。
  常に部下の兵士と共に、お互いが信頼しあって戦ってきたのです。
  その結果もう半世紀も経った今もなお、当時の戦友会が毎年開かれているのです。
  来月の7日にも、私の中隊の戦友会が京都府の綾部で行われますが、例年のごとく、「隊長殿、是非出席して下さい」と招待されております。
  将校が兵士の機嫌を取らねばならなかった軍隊で、そんなことが続けられるのでしょうか?
  また私が十数年前に大病で下関で入院したことがありますが、当時の部下の多くは京都府に住んでいるのですが誰かれ言うとも無く、
  「隊長殿がひどい病気だ」
  ということで、知らぬ間に多額の見舞い金を送ってくれました。
  私はベッドで感激の涙にむせんだ事でした。
  将校と下士官・兵の心が離れていたならば、こんなことはあり得ないと思います。
  これは私の場合だけではなく、中隊長と中隊の兵士の気持ちがしっかりと結ばれていなければ、激戦を戦い抜くということは出来ないのです。

  ロ、「日露戦争の際、歩兵第28連隊(北海道旭川)の兵2千人が捕虜になり、戦後恥ずかしくて日本には帰らず、ハワイに移住した者もある」
 
  これもまた、ものを知らずに書いたにしてもあまりにひどいじゃないか、というものです。
  1個連隊は約3千人ですが、そのうち2千人が捕虜になったなどということはあり得ないことです。
  私に言わせれば、下里正樹は「私はウソを書いております」と、自分で白状しているようなものであります。
  「天に向かってツバをする」とはこの事でしょう。

◆元第16師団連隊長 魂の講演録②

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/02/15 01:05 投稿番号: [38866 / 41162]
(2)次に、戦後に参戦者の手記、日記、インタビュー等から、盛んに「虐殺」を言っている記事で、その取材の仕方が全く偏向したものである例を挙げます。

  まず、第一に、取材する相手に、虐殺を証言する人間しか選ばないという点があります。
  虐殺を否定すると思われる人には取材をしません。
  そればかりか取材をすると何とかデッチあげてでも虐殺に仕立てるという事を致します。
  場合によっては、証言を意図的に歪曲し、時には正反対の解釈をして、証言者がそんなことは言ってない、と憤慨(ふんがい)している例もあります。
  また、証言者が、
  「中隊の軍紀は非常に厳正でありました。」
  などと証言しても、そんなことは一切取り上げようとしません。
  自分の取材意図に合ってさえいれば、証言内容が明瞭(めいりょう)なウソであると判っていても、そのまま記事にしております。
  宮崎県の農家で写真と参戦者の日記を発見したとして南京虐殺の決定的証拠とした、朝日新聞の昭和58(1983)年8月4日の記事に対し、その写真は満州の馬賊の写真で、昭和初期に朝鮮買ったものであると、読者が抗議しています。
  また森村誠一の「続・悪魔の飽食」に、日露戦争当時の伝染病による死体写真を今次大戦の関東軍の虐殺の証拠写真としていつわって掲載しているのを、読者よりの指摘抗議によって暴かれたのは有名な話です。
  そのような記事について、
  「そんなことはあり得ないことである」
  と反論されても、無視し、認めないか、言を左右にしてうやむやにするのが、彼らの常套手段(じょうとうしゅだん)なのです。
  都城連隊関係者が、朝日新聞に対して名誉毀損の抗議訴訟を起こして朝日が敗訴した件、京都新聞の無責任な記事に対する歩兵20連隊第3中隊の抗議に対する態度、また「平和のための京都の戦争展」の朝日新聞の記事に対し私が抗議しましたが全く無回答、これが新聞の態度です。
  全く礼儀知らずと言うほかありません。


さらに、偏向的時後取材により「南京大虐殺」を盛んに主張する例を挙げます。
  朝日新聞の本多勝一という記者が「中国の旅」という本を書いています。
  これは彼が戦後・満州・中国に行って、日本人がそんなに悪い事をしたかを中国人に取材して、全く無批判に鵜呑みにして書いたものですが、その内の南京関係の例をあげてみましょう。

  イ、姜根福の証言。
    日本軍は南京城北の燕子磯で10万人くらい機関銃で射殺した。
    紫金山で2千人を生き埋めにした。
    あるいは軍用犬に中国人を襲わせ、その人肉を食わせた。城内で20万人を虐殺、死体を積み上げて石油をかけて焼いた。

  ロ、伍長徳の証言。
    南京戦直後、日本兵に銃剣で肩を刺されたが逃げ、揚子江に飛び込んで、日が暮れるまで水中に隠れていた。日本軍は逮捕した青年を高圧線にぶら下げてあぶり殺し、工業用硝酸をかけて殺した。

  ハ、李秀英(女性)の証言。
    日本兵に強姦されそうになり抵抗、その銃剣を奪って格闘して追い払った。しかし37ヶ所も刺されて気絶していたのを、親族の者達に助けられた。

  2千人を生き埋めにするための労力と時間と穴の大きさは、どれ程のものであったのでしょうか?
  軍用犬に人を襲わせて、その肉を食わせるなどという馬鹿なことがあり得るのでしょうか?
  石油や工業用硝酸を、戦場でいつ、どこで入手したのでしょうか?
  揚子江は確かに冬でも凍りはしませんが、12月の揚子江に飛び込んで、首だけ出していて一体日が暮れるまで我慢できるのでしょうか?
  高圧線に、どうやって人間を吊り下げるのでしょうか?
  当時の日本兵は現役バリバリで士気も高く、女性と格闘して銃剣を奪われ、尻尾を巻いて逃げ出すような情けない兵士がいる訳がありません。
  37ヶ所も刺されて失神した者が、また蘇生するなどという事があり得るでしょうか?
  どれ1つ取ってもすぐウソだと判る事ばかりです。
  それを本多勝一記者は、「なるほど、ごもっともです」とそのまま本にしているのです。
  本多記者については、
  「朝日の中には、本多君に対して良くない感情を持っている人が沢山いる」という事を朝日新聞の同僚の記者が言っていますし、又石原慎太郎氏は平成3(1991)年の「文藝春秋」に、
  「朝日には本多という奇妙な性格の記者がいて、盛んに南京虐殺のことを書く」と言っております。
  本多勝一記者は、
  「日本の子弟に国際性を持たせるため、南京大虐殺の教育を徹底させる必要がある」と言っています。
  私は売国奴、何を血迷ったか、妄語断じて許すべからずと、憤(いきどお)りに駆られます。

◆元第16師団連隊長 魂の講演録①

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/02/15 01:05 投稿番号: [38865 / 41162]
元第16師団(京都)歩兵第20連隊(福知山)大隊長、森王琢氏

  ―   謹(つつし)んで英霊に捧(ささ)ぐ―

   『「南京大虐殺」はなかった』より



「虐殺はあった」と主張する人を一応「虐殺論者」と呼ぶ事に致しますが、この中には新聞記者、学者、評論家という人達、それともう一つは戦争に行った兵隊、下士官、将校がおります。
  そういう人達の虐殺論がいかにウソでありデタラメであるかをこれからご説明します。

  (1)まず、当時の従軍記者の例をあげます。
  当時南京には、新聞各社の記者が100名以上もおりました。

  イ、朝日新聞の今井正剛記者という記者が「南京城内の大量殺人」という本を書いております。大阪毎日(当時)の後藤記者が、
 
  「あなたはとんでもない事を書いていますね」とただしたところ、今井記者は、
  「あれは興味本位で書いたのだ」と白状しています。
  朝日の同僚の記者は、
  「今井君は危険な前線に出て、目で見てものを書く人ではなく、後方で人の話を聞いて記事を書くのが上手であった」と批判をしております。

  ロ、東京日々新聞の鈴木二郎という記者は、
   「私は12月12日に中山門より入城した。後続部隊が次々に中山門上で万歳をし、写真を撮っていた。中山門の上では盛んに捕虜が虐殺されていた」と証言しております。
  作家の阿羅健一氏が、
  「あなは12月12日に中山門に入られたのですか。それは13日の間違いではありませんか」と問い正したのにも関わらず、
  「いや、私は12日に入って、現実に捕虜が殺されるのを見たんだ」と譲らないのです。
  12月12日には、私は先ほどお話したように、中山門正面約2キロ手前の溝山の山頂にいました。
  双眼鏡で中山門の城壁がやっと見えたのですが、敵兵がいっぱいおりました。
  一体いつになったらあれを占領できるのかと、その時思ったことを私ははっきり覚えています。
  そんな時期に、一新聞記者がどうして中山門に入れるのでしょうか。
  中山門の高さは約10メートル、厚さ20センチの扉はぴったり閉まっており、しかも門の内側には土嚢(どのう)がいっぱい積み上げられてありました。
  13日の未明、我が歩兵20連隊が砲撃によって崩れた城壁をよじ登って占領し、私は15日に中山門に入ったのですが、ここで捕虜が虐殺されたような形跡は全くありませんでした。
  要するに、鈴木二郎という記者の証言は、全くのウソであります。
 
  ハ、東京日々新聞の浅海一男という記者が、「百人斬り」という記事を書いています。
  京都の9連隊の野田・向井の2人の少尉に、上官が、どちらが早く百人を斬ることが出来るか競争せよ、勝者に賞を与えようと命じられ、2人が百人斬りを競ったというものでありますが、これが全くのウソであります。
  第一に、軍隊で戦争の真っ最中に、上官が将校にかかる競争を命じ、勝った方に賞をやろうなどと言うこと、また将校もそんなエサで釣られるようなことは、軍隊の常識としてあり得ません。
  その時の上官であると言われている富山大隊長も、
  「そんな馬鹿なことがあるものか」
  と、ハッキリ否定しておられます。
  さらに野田少尉は大隊副官、向井少尉は大隊砲小隊長であり、両方とも部下が銃剣を持って敵陣に突入する部隊の指揮官ではありません。
  そういう将校に、敵に突入して百人斬りを命ずる馬鹿がいるでしょうか?
  そういう作り話がまことしやかに書かれ、そのために両少尉は戦犯にされ、処刑されたのです。
  東京裁判の最中に、向井少尉の家族が、浅海記者にあの記事はウソである、作り話であるということを証言して欲しいと懇願していますが、浅海記者は逃げ回ってその証言を回避しております。
  私は、彼が2人の若い将校を殺したのも同然だと考えております。

oldninja7は在日である

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/14 23:38 投稿番号: [38864 / 41162]
oldninja7   を検索すれば誰にでも分かる。

在日とは、oldninja7とかfukagawatoheiが標準か?   (笑

おかげで在日の中味が皆に知れてやりやすくなる。

面白いもんだな    (大笑

Re: 目的は現在の利益である

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/14 23:29 投稿番号: [38863 / 41162]
お前は頭が悪い。底意が丸見えである。

大馬鹿野郎    (笑

お前は、まさに、当方が槍玉に挙げた通りのあほうさ    (大笑

Re: 目的は現在の利益である

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2012/02/14 22:19 投稿番号: [38862 / 41162]
終戦を迎えた日本国は、それなりに断罪されたんだが〜。
その当時日本国に併合されていた朝鮮半島に、当然日本人としての義務も有ったろうが〜。実態は全く大事に扱われていた朝鮮人。

南京大虐殺の証明も出来ない、反日民族は自民族を生き埋め、惨殺した事も、皆日本軍の性に擦り付けてノホホンとしている、シナ人の価値観だね〜。
ドイツは近隣諸国に、謝罪外交遣って無いんだが〜。ユダヤ人と言う個人や団体に対してのみ行動しただけ〜。日本国は終戦後近隣諸国と外交文書を交わし世界に復帰してるんだがなぁ〜。

Re: 目的は現在の利益である

投稿者: oldninja7 投稿日時: 2012/02/14 21:13 投稿番号: [38861 / 41162]
世界で格好は付けているが一番貧乏で10%の消費税増税でも持たないと言われている日本から懐を狙って、慰安婦問題も南京虐殺(日本のウヨには実際にはなかった事、世界の認識とは違う違う)で日本から小銭にでもせしめてやろうと計画していると思っているようだが、

そうではない、日本政府が認めてみたり、政治家の一部がそれを否定してみたり、ドイツと違い往生際の悪い日本に思い知らせてやろうと、綺麗に全面的に罪を認め被害者の救済の態度を見せるまで苦しめようとしているわけだ、
貧乏で哀れな日本の懐を狙っているなどは思いあがりもはなはだしい。

世界の認識が間違ってるとしたら、積極的に反証材料を探して東京裁判や各国の非難決議を覆す反論を堂々と行えねばだめだ、こそこそ逃げるばかりか、アホなウヨどもに吠えおさせているだけの卑怯な態度では笑いものだ。

Re: 21世紀の現代に於いて

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2012/02/14 20:43 投稿番号: [38860 / 41162]
何か意味不明だがなぁ〜。

アジアで凄まじい反日教育を行い、チベット、東トルキスタン、内モンゴルに対する抹殺行為を是とする、反日特亜三国に迎合する御仁でっか〜。

事実ではなく、利用価値である

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/14 20:43 投稿番号: [38859 / 41162]
在日や韓国人が欲しいのは。

目的は現在の利益である

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/14 20:41 投稿番号: [38858 / 41162]
在日の、韓国人の、韓国の利益である。

だから入れ代わり立ち代り、ゾロゾロ、ゾロゾロ、有象無象が現れては、喚き散らすのである。

しつこいヤツラ

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/14 20:37 投稿番号: [38857 / 41162]
元国連報告官と面談へ=慰安婦問題で韓国外相    時事ドットコム
>韓国外交通商省は14日、金星煥外相が17日に国連人権委員会の元特別報告官マクドゥーガル氏とソウルで面談し、旧日本軍の元従軍慰安婦問題について意見交換すると発表した。
  マクドゥーガル氏は1998年、日本政府に元慰安婦への国家賠償を求める報告書を国連人権委の小委に提出したことで知られる。学術会議に出席するため16日に訪韓する。
  慰安婦問題をめぐっては、日本側と交渉努力をしないのは違憲とする昨年8月の憲法裁判断を受け、韓国政府は日本政府に協議を求めているが、日本側は「解決済み」として応じていない。   (2012/02/14-16:13)

事実か事実ではないか、確かに一つのテーマになる。しかし、より重要なのは、

その「事実か事実ではない」何事かを、何に「利用」するかである。

在日や韓国人、韓国はこの「事実か事実ではない」何事かを、執拗に、実に執拗に「利用」し続ける。

それほど「利用」価値がある、あるいは、その程度のことしか出来ないのである。

左翼らしい言動をする者どもの中にいかにも大勢の○○がいる。左翼=良心的の仮構の下に。

ヤカラの底意を見抜くのは実に簡単である。

ヤカラが何を要求しているか?   何を欲しがっているか?

目的は現在、只今の「自分の利益」である。それ以外なにもない!!

これほど見え易い事実はない。

韓国は、韓国人は、在日は、「事実か事実ではない」なにごとかを持ち出して、何よ得ようをしているか?

ほんのこれだけでものごとの実相が白日の下に曝される。

辞書や事典が記述する歴史的事実(5)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/14 20:24 投稿番号: [38856 / 41162]
『歴史学事典7   戦争と外交』(平成11年初版   弘文堂)には、
かなり詳しく   解説されている。   その一部を   抜粋してみよう。

【南京事件   なんきんじけん】
「日中戦争初期、当時の中国の首都南京を   日本軍が攻略・占領
した際に   中国軍民にたいしておこなった、虐殺、強姦、掠奪、
放火、拉致、連行などの   戦時国際法と   国際人道法に反した
大規模な残虐行為の総体。南京大虐殺事件、略称として南京事件
という。単に南京大虐殺ともいう。」

「激戦3カ月におよび甚大な損害を出した(中略)上海派遣軍は
疲弊して   軍紀も弛緩していたうえに、休養も与えられず、補給
体制も不十分なままに難行軍を強いられたため中国軍民に対する
むきだしの敵愾心と破壊欲を増長させ、虐殺、強姦、掠奪、放火
などの残虐行為を重ねながら   南京に進撃していった。」

「12月4日前後に   中支那方面軍は、中国軍の   南京防衛陣地
(南京特別市行政区に重なる)に突入、南京の県城・農村地域から
日本軍の残虐行為が開始された。   南京城区には40〜50万人
(南京攻略戦以前の人口は100万人以上)、近郊の6つの県には
100万人前後(同じく150万人以上)の市民が残留していたが
日本軍は   これらの膨大な中国民衆を   巻き込んで、南京防衛軍に
対する   徹底した包囲殲滅(皆殺し)作戦を   実施した。」

「同作戦は、戦時国際法に違反して、自ら武装解除した投降兵・
敗残兵あるいは武装解除された捕虜までもすべて殺害することに
なった。   一般民衆も   敵対行為、不審行動をする『敵国民』と
判断された場合は   殺害された。   日本軍は、12月13日
南京城を占領した後、17日の南京入城式に備え、徹底した
残敵掃蕩作戦を展開、長江沿岸などで捕虜および投降兵の大量
処刑を行った。」

「武器を捨て、軍服を脱ぎ捨てても中国兵であった者、中国兵
と思われた者は   すべて   殺害したので、多くの市民、難民が
巻き添えにされて犠牲になった。   さらに、日本軍には戦勝の
『慰労』として10日間前後の『休養』が与えられ、総勢7万
以上の日本軍が   南京城内に進駐、勝利者、征服者の「特権」
として強姦、掠奪、暴行、殺戮、放火などの不法行為を行ない
南京事件は頂点に達した。   その後、第16師団が   駐屯して
軍事占領を続け、38年3月28日に   中華民国維新政府が
成立するまで、日本軍の残虐行為は続いた。」

以上、引用した   弘文堂編纂の歴史学事典の解説は、これまで
引用した辞書・辞典の中でも   南京事件の実相をかなり正確に
述べている。   たとえば、日本軍が   南京に進撃する途上から
残虐行為を開始していたこと、南京城占領後の不法行為の事実、
また   その原因と   経過についても   あきらかにしている。
なお   この事典には   さらに   次のように付記されている。

「70年代から80年代末にわたり、歴史事実か   『虚構』
『まぼろし」かをめぐって   いわゆる『南京大虐殺論争』が
展開され、家永教科書裁判の   争点にもなったが、いずれも
否定論が敗れた。犠牲者数の確定は困難であるが、現段階の
日本側の研究では、十数万から20万人の   中国軍民が
犠牲になったと推定する説が   有力である。」
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)