南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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百人斬り競争ー百科事典には

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/04/03 20:53 投稿番号: [9310 / 41162]
こう記述されてます。

百人斬り競争の存在を否定する根拠、肯定する根拠は以下の通りとなっている。
否定する根拠
当時向井少尉は手足を負傷しており、百人斬り競争に参加することは不可能であったという証言がある。
銃器が発達した近代の陸上戦闘では、白兵戦における個人の戦果を競うとおいう概念はない。
向井少尉は砲兵隊の小隊長であり、野田少尉は大隊の副官であった。両者とも所属が異なり、最前線で積極的に白兵戦に参加する兵科ではない。さらに、兵科の違う二人が、相談して「何らかの戦果を競争する」ということは不自然である。
戦時報道は言うまでもなく、両少尉の証言は戦意高揚、武勇伝としてのものである。
肯定する根拠
野田少尉と同郷である志々目彰は小学生の頃、学校で野田少尉が講演を行い、百人斬りの実行の話を聞いたことを月刊誌『中国』1971年12月号において証言している。
野田・向井両少尉と同じ大隊に所属していた望月五三郎の手記『私の支那事変(私家版)』では、百人斬りの一環として、向井少尉が無辜の農民を日本刀で惨殺したことを証言している。
当時の南京の状況や日本軍の状況を考えると、「百人斬り」の様な残虐行為があっても不自然ではない。
戦闘中の行為としてはおよそ不可能な行為だが、ほとんどは戦闘終了後の捕虜「処分」時に行われたと考えられる(志々目手記、望月手記にも示されている)。
少なくとも、戦時中は野田・向井両名とも事件を否定するような証言はしておらず、むしろ自分の故郷などで武勇伝的に語っていた。 また、大阪毎日新聞鹿児島沖縄版1938年1月25日付の記事では、故郷の友人に宛てた手紙が掲載されており、百人斬りの実行を記している。
戦時中の証言には、無抵抗の中国兵を投降させて殺害したとの本人証言があった。(志々目手記に記載)
(ウィキペディアより)
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