東京大空襲の虚実
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/01/23 23:40 投稿番号: [8599 / 41162]
> 私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需工場を破壊していたのだ。
これは明らかに嘘。
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1945年3月9日から10日に日付が変わった直後、深夜の午前0時8分に初弾投下が行われた。B-29爆撃機344機による爆撃は、40km2の円周上にナパーム製高性能焼夷弾を投下して東京の住民が逃げられないようにした後、東京市の隅田川沿岸地区を中心にその円の内側を塗りつぶすように約1万2千発(2,000トン)もの油脂焼夷弾、黄燐焼夷弾やエレクトロン焼夷弾が投下された。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
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ウィキペディアも流石にこんなところまでは反日活動家に侵食されていないと見える。
本当に軍需工場が標的だったのならば、工場密集地帯から爆撃を始めて攻撃を外周に広げるような爆撃方法を採用している。
円周上に爆撃を行い避難路を塞いだということは、最初からジェノサイドが目的だったということだ。
軍事目標を爆撃→市街地から対空砲火→市街地の爆撃
の経緯を辿った重慶爆撃とは全く性質が異なる、最初から市民の虐殺を目的とした本当の意味での戦略爆撃だ。
「もし、われわれが負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸い、私は勝者の方に属していた」
という有名な述懐の方が、ルメイ自身の本音だったはずだ。
それにしても、平頂山事件はいつ「大虐殺」に化けたのだろうか・・・
国際連盟に提訴した際の中華民国の主張は「死者7百余名、重傷者6、70名、軽傷者約130名」なんだがな・・・
日本側の記録では、「匪賊不良民約350名仆れたり」なのだが。
これは メッセージ 8581 (monkeybrain132 さん)への返信です.
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