コーヒーバカエモンのお友達
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/01/22 21:49 投稿番号: [8570 / 41162]
辻参謀がかかわった作戦は無謀なものが多い.何故か日本陸軍の負け戦には彼が絡んでいる.
日本が敗戦すると辻政信は僧侶に化け潜伏した.戦犯としての訴追を恐れたのである.そして,戦犯の追及が終わったころ日本に帰ってきた.彼は,潜伏していたときのことを潜行三千里という本にまとめて出版した.これがベストセラーとなり,彼はこれを元に国会議員になった.その後,ラオスに行ったまま行方不明となった.一説によれば,山下財宝を探しに行ったのだとも言われている.
辻参謀に関して驚くのは,ノモンハンの失敗があったにもかかわらず,太平洋戦争時には大本営の参謀として数多くの作戦を指揮したことである.しかも,その作戦の多くが無謀なもので失敗したにもかかわらず,その責任を追及されていない.また,彼自身自分に非があったとも考えていないようである.
辻政信に限らず,陸軍の指揮官には問題の多い人物が多かった.例えば,インパール作戦を立案した牟田口簾也中将もその典型であろう.彼は盧溝橋事件のときの指揮官であり,自分で大東亜戦争を始めたという意識を持っていたという.インパール作戦によって戦局を好転させ大東亜戦争を終わらせることを考えていたようだ.
インパール作戦は,日本陸軍史上最悪の作戦といわれるほどの悲惨な戦いであった. ガダルカナルを生き残った兵士達でさえインパール作戦での飢餓は,ガダルカナルよりもひどかったと言っている.日本軍の輸送トラックが日本軍兵士によって襲われるという事態まで発生したという.このような中で,第31師団は佐藤師団長の独断によって撤退することになる.日本陸軍の歴史上かつてない抗命であった.
インパール作戦は当初から無謀であるとして反対意見が多くあった.さすがに,牟田口中将も責任をとらされ一度は引っ込められたが,終戦時には予科士官学校の校長に復帰している.
一方,抗命という行為を犯して部下の窮状を救った佐藤師団長は軍法会議での責任追及を考えていたが,陸軍中央は軍法会議を開かず,佐藤師団長には精神的問題があるとして責任の所在をうやむやにした.(NKHドキュメントより)
うーん、馬鹿将校の下にいた日本兵は気の毒だったのー。
まあ、バカウヨの父親達は戦争中はやりたい放題、戦後は無責任じじいだから、日本がバカにされてもしょうがないの。
これは メッセージ 8561 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8570.html