南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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シンガポール虐殺について

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/01/22 18:23 投稿番号: [8556 / 41162]
いくつか重要な資料がイギリスに残っています。たまたまそれを見る機会がありましたので、それを基にお話したいと思います。2月15日にイギリス軍が降伏します。その時、日本軍は戦闘部隊を市内に入れませんでした。南京での経験があったからだろうと思いますが、戦闘部隊をそのまま市内に入れますと、略奪・強姦などさまざまな悪事をしでかすので、第25軍は戦闘部隊を市内に入れなかったわけです。憲兵隊だけ入れて、治安の維持をさせました。そして2月17日の夜に、河村参郎少将(第5師団所属)がシンガポール警備司令官に任命され、2月18日朝、山下第25軍司令官のもとに出頭します。そこで、軍司令官と第25軍の参謀長(実際に粛清計画を作成したのは辻政信参謀)からどのような命令を受けたかを、1946年から47年にかけて詳細に証言しています。内容は、抗日華僑を粛清するという命令で、2月21・22・23日の3日間でやれ、対象は、・元義勇軍兵士、・共産主義者、・略奪者、・武器を持っていたり隠している者、・日本軍の作戦を妨害する者、治安と秩序を乱している者、治安と秩序を乱す恐れのある者というものです。市内の中国人の男性を指定した場所に集めて検問を行い、抗日分子かどうか選り分けることにしたわけです。2月21日から23日までの3日間、市内に掲示が出されて、18才から50才までの華僑の男性は指定地区に集合せよ、という指示が出されます。そして、そこで検問を受けるわけですが、検問を受けるといっても、集められた地区によっては、一言、二言聞かれただけで抗日分子かどうか選り分けられています。ある地区では、元義勇軍兵士や公務員に手をあげさせて選り分け、トラックでどこかに連れ去って虐殺した。別の地区では、元義勇軍兵士や元共産主義者の裏切り者に覆面させてピックアップをさせたりした。この時の選別の様子については、元憲兵隊の下士官だった人の証言があります。この人は、シンガポールの住民を半分にする、つまり中国系住民の半分を粛清しろという命令が頭にあって、どうせ半分は殺すのだとするとどんどん選り分けなければならないので、だいぶいい加減な選別を行ったと、証言をしています。選り分けられた人をトラックで郊外に連れて行って銃殺して、海に流したケースが多いようです。

  この日記の存在はよく知られていて東京裁判に抜粋が提出されているのですが、その後行方不明になり、私がイギリスで見つけました−   3日間の粛清の最終日、2月23日に山下司令官に粛清の経過報告をする必要があったので、その日の朝11時、各地区の憲兵隊長を集め、経過報告を受けています。この時の報告によると、「処分人員約5000名なり、重要分子は引き続き留置取り調べ中なり」ということです。この時点では、虐殺は続行中です。粛清で殺された人の数は、現段階でははっきり分かりません。だいたい4万から5万、場合によって2万と書いているものもあります。
同盟通信社(現在の共同通信社)の記者が、5万人殺す計画だったが、半分を殺した段階でストップがかかった、という話を第25軍の参謀から聞いたと、その裁判の調書の中で証言しています。この話は裏付けが取れないのですがこの時、その参謀が語ったことが本当だとすると約2万5000人殺したことになりますが、現段階ではそれ以上のことは分かっていません。

  いずれにせよ、全体としてシンガポール戦の最中の事件と、その後の華僑粛清が、日本軍の一連の虐殺であったということは疑いないと思いますなぜこのようなことが起こったのかという理由については、最初の少しお話しましたけれど、中国人の義勇軍が勇敢に戦ったから、あるいは中国人がゲリラ活動をしようとしていたから先手を打って粛清したのだという理由が言われていますが、これは戦後の戦犯裁判の中で日本軍が弁護のために使われた論理です。

  大谷敬二郎という人が書いた『憲兵』によれば、この人は憲兵中佐で、粛清当時はシンガポールにはいなかったのですが、粛清直後の42年3月初めにシンガポールに入り治安担当者としてシンガポール・マレー半島にいました。その当時の情勢は、抗日華僑が地下に潜ってゲリラ活動をしているような状況では全くなかったと述べています。また、日本軍が行った華僑粛清は、暴虐非道の、まさに言語に絶するものであったと、戦後書いています。当時、実際に粛清にあたったある憲兵中尉もやはり、日本軍は非常に間違ったことをしたと、戦後出した本の中で書いています。シンガポールの華僑粛清は戦闘が終わった後ですし、担当した憲兵自身が暴虐非道なことをやったと認めざるを得ない事件だったのです。(1998年神奈川県アジアフォーラムより)

どっちが野蛮人やら。
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