信仰と事実は別だ d(^^
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/21 08:32 投稿番号: [8506 / 41162]
>はっきり言えば、教科書に書いてあることは事実だと思っているレベルだな(笑)
いやいや、教科書に書かれているようなことはどのようにして
事実であると考えられているのか、と言う話をしているのです。
>質問1:生物は進化するということは、実は間違いだった、ということがわかる可能性は0%だと思うか?
化石遺物にはこれまでに地球上に様々な種の生物が存在した痕跡が残されて
いるということは事実です。
無から有は生じないと言う常識的な因果律に照らして、生物は変化してきたと
いうことは事実と考えられているわけです。
ここまでは「事実」とされているということでよいのではないですか?
これと、現実の生物が少しづつ変化していると言う事実から、長い地質年代の間には
その変化の累積が種そのものの変化を支えてきたのだと言うメカニズムを説明する
のが進化学説であって、これは仮説です。
私が言ってるのはこれだけなんです。
>生物は進化するということは、実は間違いだった、ということがわかる可能性は0%だと思うか?
科学的な方法論というものが崩れない限りは0%でしょ。
崩れちゃったらわかりませんけど、その世界における「事実」というのは
我々の世界の「事実」とはまるで違うものになっているでしょうから、
我々の世界で議論の対象にするのは無理というもんです。
>質問2:「この世界は化石の存在も含めて、今あるようにそのままに、ある時神様が作った」という解釈がある。これは、もちろん「生物は進化する」という考え方を否定するものだ。
これは、科学的な方法、つまり、我々が現実に存在すると認めるものを、
現実あるがままに、現実に起こりうる因果関係で説明できるところの事
実とは全然別の次元の話であって、
信仰のあり所の問題なのですね。
>化石に対するこの解釈が間違いであるということを100%証明できると思うか?
信仰が正しいかどうかを現実の問題として証明できないし、証明すべき問題でも
ないでしょう。
科学は信仰の世界にはノータッチだというのが私の認識です。
ただ、信仰ではない、こちらの方が科学的事実であるというなら、それを科学的に
証明してもらえば済むだけなのです。
やってみますか?
私はできないと思います。
これは メッセージ 8459 (mannen_no_sippo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8506.html