南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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>大いなる疑問点

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/01/14 21:19 投稿番号: [8329 / 41162]
>当時南京派遣欧米記者たちの記録した写真等は公表されてるのでしょうか?

虐殺の証拠になるような写真は全く存在しません。
南京陥落時に残っていた欧米記者は僅か5人でしたが、彼らも12月15日には全員南京を去りました。
安全区国際委員のマギーが、病院に居た怪我人など撮影したフィルムがありますが、虐殺とは程遠い平和な光景です。
また、マギーは、後になって支那人の証言を基に何本か映画を作りましたが、頓珍漢な内容のものばかりです。
百人くらい居た日本人記者は長く滞在しましたが、やはり、だれ一人として日本軍による無辜の南京市民虐殺を目撃しませんでした。
戦後、2〜3人の記者が嘘の目撃証言をしましたが、嘘がばれました。


>今『マオ』読んでいますが、毛沢東の軍勢も人民への略奪殺戮は、タウンゼントの『暗黒大陸中国の真実』に書かれている軍閥の行動内容と同じく残酷です。

支那人のやることは今も将来も変わりません。


>軍勢が駐留した地域では人口の激減が目立った。

1937年の南京も同じでした。
支那軍が、上海戦から南京へ逃げ始めた頃から急激に南京の人口が減少しています。
南京市民の多くは日本軍が開放した上海へ逃げて行きました。

1937年前半    「100万人」
  ↓
11月初旬〜11月23日   「50万人」(支那軍が南京に来て減少)
  ↓
11月27日    「30〜40万」
  ↓
12月13日    「20万」
  ↓
1938年1月14日   「25万人」(日本軍が占領し支那軍が南京を去ったため増加に転じる)
  ↓
1938年9月23日   「45万人」



>また地域で言葉が通じない事を繰り返し書かれています。これはある事を示唆していると思います。
>被害にあった人民が中国の軍勢か日本軍か判別できないと思われる。

そう、支那人同士で言葉が通じません。
それなのに、マギーの映画などでは、日本兵と虐殺された支那人が不思議な内容の会話をします。


>日本が柳条湖事件を起こし、中国東北の国民革命軍司令官(軍閥)張学良は反撃しなかった。

「中国東北」ではなく、「満州」の使用をお願いします。


>60年以上たってから,その理由を著者に語った。「我々が勝てるはずなど、ありませんでした。せいぜいゲリラ戦か、無秩序な戦いを試みるしかなかったのです。中国軍は、日本軍に比べものにならぬお粗末さでした。日本軍は本当に立派でしたから。不抵抗が考える唯一の政策だったのです」

そうです。
張学良も日本式の訓練を受け、日本軍の強さは熟知していまいた。
余談ですが、約30万人の張学良軍が、約1万人の関東軍に殆ど反撃せずに逃げた理由は、他にもちょっとあったようです。
張学良軍の兵士たちは、頻繁に銃を持って夜中に強盗・強姦・殺人を繰り広げていたので、やがて、兵士の武器は、夜になると倉庫に入れられ鍵を掛けられ厳重に保管され、特定の者しか出せないようにしていたそうです。


>南京では司令官は城壁内で降伏もせず、日本軍の攻撃前に部下を見捨てて逃亡してます。無責任極まりない混乱の最大の責任者でしょう。

そうです。
唐生智が日本軍の降伏勧告を拒否したのが12月10日の正午です。
―――――――――――
投降勧告を拒否した南京防衛軍の司令官唐生智はこの日の午後七時、「本軍は複廊陣地において、南京固守最後の戦闘に突入した。
各部隊は陣地と存亡をともにする決心で死守せよ」と下命し、指令なく寸地でも陣地を放棄、撤退したものは軍法にもとづいて厳罰に処すと伝えた。
また、保有している船舶は全て一律に運輸司令部が接収、管理するように命じ、勝手に拘留しておくことを禁じた。
宗希簾の第36師に命じて長江沿岸を厳重に警備させ、指令長官部の許可がなければいかなる部隊の渡江も厳禁とした。
また、憲兵、警察に対しては「隊伍を離脱した兵隊が制止をきかないで渡江しようとした場合には武力で阻止せよ」と命じた。
「南京城と生死を共にする」と言い切った唐生智の覚悟のほどをしめした厳命であった、渡江の手段を断って、「背水の陣」を敷こうとしたのであるがこの「死守作戦」が大きな悲劇を生むこととなってしまう。
『南京事件』笠原十九司著(捏造学者)
――――――――――
上記のように唐生智は「死守」を命令しておき、自分は12月12日の夕方に手下だけを連れて船で漢口に出航しました。
その日の夜、南京に残された支那兵たちが慌てて逃げようとして日本軍と衝突し、戦闘が始まりました。
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