吉田三郎さんって (^^
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/12/13 19:55 投稿番号: [7886 / 41162]
>では本題です。
はい、本題行きましょう。
>興亜院政務部 昭和15年7月調査報告会速記録内 吉田三郎「支那に於ける第三国人の文化施設」
うん、興亜院ですか、
興亜院というのは中国占領地区経営のために1938年に設置された部局で、占領地区の経済や
行政の統括をしていたのですね。
たとえば、中国において阿片売買の利益を独占して、それを占領地の財源に充てるというような
ことを重要な業務としていました。
たぶん、吉田三郎という人が、興亜院に呼ばれて、自分の知見を披露したときの記録なのでしょう。
>「その中には南京地方に於ける農産物の調査、南京地方の人口調査等、所謂科学的調査を標榜しつつ、そのことによって日本が飛んでもないひどいことをやっているような印象を世界中に統計を通して与えている、しかしよく見ると科学的な研究という面を被った排日宣伝文書であります」
「斯様に巧妙なる科学戦争というものが世界中に、この機関を通してまかれている事実を見たのであります。ベーツ教授は私がミリカンの友達というので直ぐこういうものを出して呉れたわけであります」
あの、ですね。
目下話題になっている、「南京農村部の人口」とか「1938年冬の南京の気候」とかについて、
吉田三郎氏が何かデータや自分の知見を挙げて、「事実に反する調査結果である」って
言ってますか?
吉田氏が言ってるのは、「科学的調査のようであるけれど、これは反日宣伝になるんだ」
っていうことでしょ?
私は吉田三郎氏が、南京農村部の実地調査をした上で、その調査内容の事実に疑問を呈して
いるのじゃあなくて、「こんなもんを出されたら反日宣伝にしかならないじゃあないか」と言ってる
だけのことだと思うのですが。
で、どうも吉田氏はスマイス調査をベイツ博士から直接手に入れたようですが、吉田氏が南京を
訪れてベイツを訪問したのだとしても、農村部にまで足を運んだようには思えません。
というか、ベイツは1938年夏には、日本を訪れていますので、その時に受け取ったんじゃあないで
しょうか、なにしろ、この時ベイツの妻子は日本で生活していたのですから。
>中国のことをよく知っていた当時の人は、こういう認識を持っていたのです。
吉田三郎という人は、中国の農業問題の専門家とか、中国経済の専門家とかそういうものでは
ありません。
どういう人かというと、こういう本を書いている人なのですね。
・東亞とイギリス 吉田三郎 支那問題研究所 昭和14年
・東亜新秩序の理念 "白木喬一, 吉田三郎" 目黒書店 昭和16年
・米国の野望を撃つ(新旧両秩序の決戦) 吉田三郎 大日本雄弁会講談社 昭和16年
・興亜論:日本思想戦大系 吉田三郎 旺文社 昭和19年
「東亜新秩序の理念」とか「日本思想戦大系」 の執筆者ですよ。
「中国の農業問題」の専門家じゃあなくて「プロパガンダ」の専門家なんです。
「南京地区農村部における戦争被害」の報告書を「プロパガンダ」の専門家で
ある吉田三郎氏が読んだわけですから、「調査の学問的な妥当性」ではなくて
「プロパガンダの有効性」の方に着目する、これは仕方がないことだと思います。
はい、本題行きましょう。
>興亜院政務部 昭和15年7月調査報告会速記録内 吉田三郎「支那に於ける第三国人の文化施設」
うん、興亜院ですか、
興亜院というのは中国占領地区経営のために1938年に設置された部局で、占領地区の経済や
行政の統括をしていたのですね。
たとえば、中国において阿片売買の利益を独占して、それを占領地の財源に充てるというような
ことを重要な業務としていました。
たぶん、吉田三郎という人が、興亜院に呼ばれて、自分の知見を披露したときの記録なのでしょう。
>「その中には南京地方に於ける農産物の調査、南京地方の人口調査等、所謂科学的調査を標榜しつつ、そのことによって日本が飛んでもないひどいことをやっているような印象を世界中に統計を通して与えている、しかしよく見ると科学的な研究という面を被った排日宣伝文書であります」
「斯様に巧妙なる科学戦争というものが世界中に、この機関を通してまかれている事実を見たのであります。ベーツ教授は私がミリカンの友達というので直ぐこういうものを出して呉れたわけであります」
あの、ですね。
目下話題になっている、「南京農村部の人口」とか「1938年冬の南京の気候」とかについて、
吉田三郎氏が何かデータや自分の知見を挙げて、「事実に反する調査結果である」って
言ってますか?
吉田氏が言ってるのは、「科学的調査のようであるけれど、これは反日宣伝になるんだ」
っていうことでしょ?
私は吉田三郎氏が、南京農村部の実地調査をした上で、その調査内容の事実に疑問を呈して
いるのじゃあなくて、「こんなもんを出されたら反日宣伝にしかならないじゃあないか」と言ってる
だけのことだと思うのですが。
で、どうも吉田氏はスマイス調査をベイツ博士から直接手に入れたようですが、吉田氏が南京を
訪れてベイツを訪問したのだとしても、農村部にまで足を運んだようには思えません。
というか、ベイツは1938年夏には、日本を訪れていますので、その時に受け取ったんじゃあないで
しょうか、なにしろ、この時ベイツの妻子は日本で生活していたのですから。
>中国のことをよく知っていた当時の人は、こういう認識を持っていたのです。
吉田三郎という人は、中国の農業問題の専門家とか、中国経済の専門家とかそういうものでは
ありません。
どういう人かというと、こういう本を書いている人なのですね。
・東亞とイギリス 吉田三郎 支那問題研究所 昭和14年
・東亜新秩序の理念 "白木喬一, 吉田三郎" 目黒書店 昭和16年
・米国の野望を撃つ(新旧両秩序の決戦) 吉田三郎 大日本雄弁会講談社 昭和16年
・興亜論:日本思想戦大系 吉田三郎 旺文社 昭和19年
「東亜新秩序の理念」とか「日本思想戦大系」 の執筆者ですよ。
「中国の農業問題」の専門家じゃあなくて「プロパガンダ」の専門家なんです。
「南京地区農村部における戦争被害」の報告書を「プロパガンダ」の専門家で
ある吉田三郎氏が読んだわけですから、「調査の学問的な妥当性」ではなくて
「プロパガンダの有効性」の方に着目する、これは仕方がないことだと思います。
これは メッセージ 7869 (nmwgip さん)への返信です.