Re2: スマイス調査 人的被害 2)
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/11/28 06:37 投稿番号: [7729 / 41162]
>それにも関わらず、スマイスは妥当性を欠く推計方法で農村地帯の被害総数を推計し、日本非難の材料としている訳です。
統計調査というのは採用された手法の中で妥当な処理が行われていれば、妥当性を
欠いていることにはなりません。
全体をくまなく調査すれば、より正確度の高いデータが得られるのは当然ですが、
大規模な会戦後の、調査対象域を日本軍が占領していたり中国軍が占領したりしている中で
行われた調査です。
統計調査というのは全数調査の代替物として行われることはあたりまえのことですので、
取りうる手法として採用されたものは、その手法の中において適切に処理されているなら、
データはデータとして尊重するべきでしょうね。
【参考】
”EFFECTS OF WAR;FARMS AND CITY COMPARED”
戦前には、調査した四・五県の農業人口は南京の人口よりも大して多くはなかったけれども、三月の調査期間には四倍以上も多くなっていた。
残留した農家の場合、移動によりおよそ11パーセントだけ人口を減じており、30パーセントほどのものは一家ぐるみ離村して遠くに行っていた。
市部では移動によって残留家族の人口の14パーセントが減じ、当初の全居住家族のおよそ75パーセントであった。
調査によれば、南京の人口は二二万一〇〇〇人で、農村では一〇七万八〇〇〇人であった。
“APPENDIX A FURTHER NOTES ON ORGANIZATION AND METHOD”
1 実地調査の手順
J ・ L ・パック教授がその調査のなかで行なっているように、「平均的な村」を設定する代りに、任意抽出のやり方に従って調査が進められた。現状のもとでの諸困難によって、調査員が現地に二度行くことが不可能となっていたからである。
その上、一九三二年の上海周辺の農村地区で戦時調査をおこなった時のように、訓練された観察者の大集団を実地調査に向けることもできなかった。
こうした機会もなく、一九三二年の戦争の被害がいかに部分的なものであったかを知っていたために、一定の間隔をおいて選ばれた任意抽出の方が、「平均的な村」をあわてて選定するよりも、誤りが少なくなると考えられた。
さらに、このように一定の間隔ごとに間をおいて任意抽出を行なうことは、「代表的な事例」を選ぼうとするよりも、原則としては通常、より客観的なものであるといわるべき点がある。
この方法でうまくゆかなかったように思われる一例は、江浦県の耕地調査の場合で、農家平均耕地面積と、それによる耕地面積の総計が多すぎるという結果になった。 ( 第十七表を見よ)
この手続きは当初の予想以上に成功をおさめた。しかしながら、六合県では調査員が県の北部を掌握している中国人当局に身元を疑われ、委員会が手紙を出すまでスパイとして留置された。同じ困難が現地調査のはじまったときに高淳県でも起った。
(以下、 2.集計上の手続き、 3.正確度の点検、と続きますので確認下さい)
統計調査というのは採用された手法の中で妥当な処理が行われていれば、妥当性を
欠いていることにはなりません。
全体をくまなく調査すれば、より正確度の高いデータが得られるのは当然ですが、
大規模な会戦後の、調査対象域を日本軍が占領していたり中国軍が占領したりしている中で
行われた調査です。
統計調査というのは全数調査の代替物として行われることはあたりまえのことですので、
取りうる手法として採用されたものは、その手法の中において適切に処理されているなら、
データはデータとして尊重するべきでしょうね。
【参考】
”EFFECTS OF WAR;FARMS AND CITY COMPARED”
戦前には、調査した四・五県の農業人口は南京の人口よりも大して多くはなかったけれども、三月の調査期間には四倍以上も多くなっていた。
残留した農家の場合、移動によりおよそ11パーセントだけ人口を減じており、30パーセントほどのものは一家ぐるみ離村して遠くに行っていた。
市部では移動によって残留家族の人口の14パーセントが減じ、当初の全居住家族のおよそ75パーセントであった。
調査によれば、南京の人口は二二万一〇〇〇人で、農村では一〇七万八〇〇〇人であった。
“APPENDIX A FURTHER NOTES ON ORGANIZATION AND METHOD”
1 実地調査の手順
J ・ L ・パック教授がその調査のなかで行なっているように、「平均的な村」を設定する代りに、任意抽出のやり方に従って調査が進められた。現状のもとでの諸困難によって、調査員が現地に二度行くことが不可能となっていたからである。
その上、一九三二年の上海周辺の農村地区で戦時調査をおこなった時のように、訓練された観察者の大集団を実地調査に向けることもできなかった。
こうした機会もなく、一九三二年の戦争の被害がいかに部分的なものであったかを知っていたために、一定の間隔をおいて選ばれた任意抽出の方が、「平均的な村」をあわてて選定するよりも、誤りが少なくなると考えられた。
さらに、このように一定の間隔ごとに間をおいて任意抽出を行なうことは、「代表的な事例」を選ぼうとするよりも、原則としては通常、より客観的なものであるといわるべき点がある。
この方法でうまくゆかなかったように思われる一例は、江浦県の耕地調査の場合で、農家平均耕地面積と、それによる耕地面積の総計が多すぎるという結果になった。 ( 第十七表を見よ)
この手続きは当初の予想以上に成功をおさめた。しかしながら、六合県では調査員が県の北部を掌握している中国人当局に身元を疑われ、委員会が手紙を出すまでスパイとして留置された。同じ困難が現地調査のはじまったときに高淳県でも起った。
(以下、 2.集計上の手続き、 3.正確度の点検、と続きますので確認下さい)
これは メッセージ 7728 (ja2047 さん)への返信です.