南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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ラジオ体操 第一

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/31 06:35 投稿番号: [7282 / 41162]
>全然逃げていない。
#6905、#6915、#6922、#6923、#6935、#6936で立派に説明済み。
事実に反する誹謗・中傷はやめろ。

その事実を指摘しているのだが。


>>「徴兵→戦死」の場合は、家族は死亡の確認は出来ないのだから、家族の認識は
>>「出征して未帰還」でしかあり得ない。

>確認できる場合もある。

南京戦直後に「戦死公報」も届くわけないし、「河岸一面支隊を以て覆われた」
(谷寿夫軍状報告)城外で、肉親の支隊を確認できた家族もいないだろう。

>また、スマイスの戦争被害調査の聞き取りでは回答を「死亡」として原因を「戦争」としたことはあり得る。

「情況」という欄があるのだから、調査対象としていない「戦死」が紛れ込めば
それと判る。

>普通、南京に家族が居る場合、まさか夫(父、息子)が唐生智のように戦闘直前にコッソリ南京を逃げ出して何ヶ月間も戻って来ないとは家族は思わない。

でりちゃんの「普通」は不思議な発想だね、自分の家族の属する部隊が、
一部しか退却に成功せずに全滅したとなると、逃げ延びた一部に自分の
家族が含まれていると考えるのが人情だぞ。


>実に興味深い記事だ。
東京裁判のベイツ証言がデタラメだった裏付け資料だ。

「日本軍入城時には、日本軍は規律ある軍隊だということに期待して安心した」
という言葉は、在留外国人の記録のあちこちに出てくる。
最初は期待したというのは本当だったのだろう。   で、それは長くは続かなかった。

>10人に1人(2万人)しか戦場に送られて使われなかったとしても、「概して南京市民はあまり使はれなかつたが郊外の人々は…」と述べたかもしれない。

当時の国民党軍はまだまだ軍閥軍の寄せ集めであり、特に南京戦では他地方の
軍閥の軍が多く守備軍に残った。
狩り集められた南京市民がいたとしても、スマイス調査時点では家族は死亡を
確認していないことは、先に述べたとおり。


>>なお、督戦隊はいたが「大量に殺した」という記録はない。

>散兵・潰兵の退却阻止の命令を受けていた宋希簾麾下の第三六師二一二団は、

これは本来の意味の「督戦隊」ではないのだけどね、任務は同様だけど。
邑江門付近の死体、の数は明確に残っていないが、数百という所かな。


>南京事件の場合には、命令書だけでなく、犠牲者名簿もなく、日本や何応欽や蒋介石や毛沢東の認識もなく、犯人の自白もなく、目撃証言者もいない。

犠牲者名の入った名簿は戦後裁判の時に作られたものしかなく、充分な信頼性は
ないと見て良いだろう。
占領中は誰も犠牲者名簿を作ろうなどとはしなかったということだ。


>南京戦をた戦った何応欽将軍が1938年3月に開かれた国民党の臨時大会で南京陥落の軍事報告をした時、その中で南京事件については一言も触れていない。

一度、原資料を見たいのだけど示せるかな?
この分野では、「ダーディンの記事には虐殺は書かれていない」とか、「国際連盟で
南京虐殺は取り上げられなかった」とか、「120人もいた記者が、だれも虐殺は見て
いない」とか、
資料事実と違う俗説があまりに多く流布している。
私もこいつは原資料を見ていないので、何とも言いかねる。


>過去に結論が出ているものを繰り返し出すな。
時間と労力の無駄だから止めろ。

それが「結論」ではなくて、単にでりちゃんの「信仰の堅さ」を示すだけだと
いうことを理解して貰うためだよ。

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