南京市民の主な死因は支那軍によるもの
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/09 22:57 投稿番号: [6922 / 41162]
>>何度も言うが、支那人犠牲者の主な死亡原因は、
>>①支那軍徴兵後の戦死
>>②支那軍または不逞支那人による殺害
>>③軍事行動に伴う事故
>>である。
>上記3要因がゼロだったとまでは、私も断言できない。
ふざけんなよ。
上記3要因が支那人犠牲者の主な死因だったんだよ。
例えば、支那軍は南京では徴兵しなかったのか?
ん?
都市部にせよ農村部にせよ、南京の住民は徴兵を免除されていたのか?
80%の南京市民は南京を脱出したが、脱出することも出来なかった貧乏な青年男子の支那人が入隊もせず徴兵もされず安全区に居たのかな。
●支那軍の徴兵に関する資料
―――――――――――――――――――
彼等は国府軍の徴発する米に砂を混ぜ、白痴や片輪者を徴募兵として送り出し(1)、敵軍がその必要とする軍用道路の工事に働く苦力に高い賃金を払うとなると、たちまち大挙して日本占領地帯に移住した。時には、彼等は隊を組んで国府軍の敗残兵を襲撃し、団結して徴募係の役人どもを虐殺した。
(1)長々と述べるよりは、農民層の徴兵に対する態度を一層よく説明するような挿話をもう1つ紹介しよう。これは外敵の侵略による農民ナショナリズムの誕生を分析しようとする場合に、無視できないような生の事実の1つである。河南省の鞏県に住む或る貧農の夫婦は炭鉱の坑夫をしている1人息子の賃銀のおかげで漸く暮らしていた。年の頃は40歳前後のこの夫婦に突然2人目の息子ができたときに、徴募係の役人どもがやって来て、長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。
『中国革命の起源1915-1945』ルシアン・ビアンコ著
Ω Ω Ω
この(1933年までの)22年間、身の危険を感じることが多くなった。いっそのこと兵隊になったほうがよい。兵隊なら食いっぱぐれはない。銃剣を振り回せば食料調達は思いのまま。逆に庶民の方は、さしたる目的もない軍隊がやって来て、いつまでも駐留されると、商いはできなくなり、働き手を徴用され、真面目に働いて得た物まで没収される。これでは仲間に入って略奪する方に回るか、入らずに略奪されるか、2つに1つしかない。
(P187)
確かに大量に徴兵されている。しかし金目当て、略奪目当てであって大義のためではない。軍隊が規律厳しく略奪を禁じたら、誰も入らない。
(P228)
『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著(1933年)
Ω Ω Ω
私はうけ合ってもいい、抗戦八年のあいだにこうしてふみにじられた同胞、いわゆる壮丁から弱丁になり、弱丁から病丁になり、病丁から死丁になって行った同胞の数は、戦死したもの、日本軍に殺されたものにくらべて、最低百倍は超えているに違いない。
『抗日戦回想録』郭沫若自伝
―――――――――――――――――――
蒋介石や唐生智などと同じように戦闘前に多くの支那兵が南京を逃げ出したが、12月12日の夜まで残った支那軍の人数は一説によると約5万人であり、彼らの多くが死んだ。
支那軍によって徴兵されて死んだ彼らの遺族は、スマイス調査の際、「事故」と「戦争」のどちらを死亡原因として選択したんだ?
ん?
答えろ。
それでも、
>上記3要因がゼロだったとまでは、私も断言できない。
などと、すっ呆けた事を言うのかな?
>いずれも陥落前のことを表した資料だし、犠牲者が数千から数万に達するとは
>読みようがないが。
>少なくとも、ラーベやヴォートリンはその認識を踏まえた上で、日本軍による被害が
>大きかったことを伝えている。
スマイスは、陥落前の支那軍による犯罪を承知していた。
さらに、ずっと南京に居て、日本軍による市民虐殺を1件も目撃しなかったスマイスが、南京市民の死亡原因の殆ど全てが日本軍によるものなどと言える訳ないだろ。
>>①支那軍徴兵後の戦死
>>②支那軍または不逞支那人による殺害
>>③軍事行動に伴う事故
>>である。
>上記3要因がゼロだったとまでは、私も断言できない。
ふざけんなよ。
上記3要因が支那人犠牲者の主な死因だったんだよ。
例えば、支那軍は南京では徴兵しなかったのか?
ん?
都市部にせよ農村部にせよ、南京の住民は徴兵を免除されていたのか?
80%の南京市民は南京を脱出したが、脱出することも出来なかった貧乏な青年男子の支那人が入隊もせず徴兵もされず安全区に居たのかな。
●支那軍の徴兵に関する資料
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彼等は国府軍の徴発する米に砂を混ぜ、白痴や片輪者を徴募兵として送り出し(1)、敵軍がその必要とする軍用道路の工事に働く苦力に高い賃金を払うとなると、たちまち大挙して日本占領地帯に移住した。時には、彼等は隊を組んで国府軍の敗残兵を襲撃し、団結して徴募係の役人どもを虐殺した。
(1)長々と述べるよりは、農民層の徴兵に対する態度を一層よく説明するような挿話をもう1つ紹介しよう。これは外敵の侵略による農民ナショナリズムの誕生を分析しようとする場合に、無視できないような生の事実の1つである。河南省の鞏県に住む或る貧農の夫婦は炭鉱の坑夫をしている1人息子の賃銀のおかげで漸く暮らしていた。年の頃は40歳前後のこの夫婦に突然2人目の息子ができたときに、徴募係の役人どもがやって来て、長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。
『中国革命の起源1915-1945』ルシアン・ビアンコ著
Ω Ω Ω
この(1933年までの)22年間、身の危険を感じることが多くなった。いっそのこと兵隊になったほうがよい。兵隊なら食いっぱぐれはない。銃剣を振り回せば食料調達は思いのまま。逆に庶民の方は、さしたる目的もない軍隊がやって来て、いつまでも駐留されると、商いはできなくなり、働き手を徴用され、真面目に働いて得た物まで没収される。これでは仲間に入って略奪する方に回るか、入らずに略奪されるか、2つに1つしかない。
(P187)
確かに大量に徴兵されている。しかし金目当て、略奪目当てであって大義のためではない。軍隊が規律厳しく略奪を禁じたら、誰も入らない。
(P228)
『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著(1933年)
Ω Ω Ω
私はうけ合ってもいい、抗戦八年のあいだにこうしてふみにじられた同胞、いわゆる壮丁から弱丁になり、弱丁から病丁になり、病丁から死丁になって行った同胞の数は、戦死したもの、日本軍に殺されたものにくらべて、最低百倍は超えているに違いない。
『抗日戦回想録』郭沫若自伝
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蒋介石や唐生智などと同じように戦闘前に多くの支那兵が南京を逃げ出したが、12月12日の夜まで残った支那軍の人数は一説によると約5万人であり、彼らの多くが死んだ。
支那軍によって徴兵されて死んだ彼らの遺族は、スマイス調査の際、「事故」と「戦争」のどちらを死亡原因として選択したんだ?
ん?
答えろ。
それでも、
>上記3要因がゼロだったとまでは、私も断言できない。
などと、すっ呆けた事を言うのかな?
>いずれも陥落前のことを表した資料だし、犠牲者が数千から数万に達するとは
>読みようがないが。
>少なくとも、ラーベやヴォートリンはその認識を踏まえた上で、日本軍による被害が
>大きかったことを伝えている。
スマイスは、陥落前の支那軍による犯罪を承知していた。
さらに、ずっと南京に居て、日本軍による市民虐殺を1件も目撃しなかったスマイスが、南京市民の死亡原因の殆ど全てが日本軍によるものなどと言える訳ないだろ。
これは メッセージ 6918 (ja2047 さん)への返信です.