捕虜殺害
投稿者: mimim232002 投稿日時: 2005/07/20 18:24 投稿番号: [6665 / 41162]
何につけ、後世の人間が歴史上の事件に仰々しい名前をつけるものではない。
折れは「南京事件」と呼ぶことにしている。
ユダヤ人虐殺と同列に並べるのは、既に冷静さを欠いている証なので、そんなのはスルー。
そのうえで、
「午後二時ごろ、概して掃討を終わって背後を安全にし、部隊を纏(まと)めつつ前進、和平門にいたる。
その午後、捕虜続々登校しきたり数銭に達す、激昂せる兵は上官の制止を肯かばこそ、片はしより殺戮す。多数戦友の流血と十日間の辛酸を顧みれば、兵隊ならずとも{皆やってしまえ}と言いたくなる。
白米はもはや一粒もなし、城内には有るだろうが,捕虜に食わせるものの持ち合わせなんかわが軍には無い筈だ。」
16師団第30旅団支隊長佐々木倒一1937.12.13の日記
笠原十九司『南京事件』岩波新書
P53〜
多くの左翼系研究者に、証拠として引用されるもの。
これをひっくり返すことは、ちょっと難しいように思う。
南京入城後、松井石根司令官が部下たちを叱責した事実(文献は失念)をあわせて考えると、
「中国正規軍の投降兵に対する、ある程度の殺害行為があった」
との疑いは払拭できないと思う。
これが事実とすれば、ジュネーブ条約違反の戦争犯罪行為である。
まあ、「30万人殺した」説の信者なんぞ、今時いるはずもないわけだが。
虐殺否定派の凄まじい反論を期待。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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