自分でもくだらないと思うのか
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/17 06:52 投稿番号: [6623 / 41162]
>で、xiaozhou8811が引用したHPの写真は日本軍による支那人虐殺の証拠なのか?
たとえば、44287806.jpgは、毎日新聞が撮影して軍の不許可を喰らったものなので、
出所は明確だ。
実際の日本軍による残虐行為の写真だということを、軍がハンコを押して
証明してくれている。
ただし、こいつは、徐州作戦の際に撮られたもので、南京虐殺の証拠になどならない。
47973915.jpgは目黒輜重連隊の村瀬守保氏の撮影したもので、
これは実際に南京で撮られたものだ。
しかし、そこに写っているものは、後ろ手に縛られて焼かれた死体の山
というだけであって、だれが、何のためにやったのかは、写真だけでは
解らない。
撮影者の村瀬氏はこの写真にこういうキャプションを付けている、
「十二月十日午後五時、脇坂部隊がようやく光華門の城壁に、日章旗を翻し、続いて十三日夕刻には、十六師団が中山門を占領し、完全に南京を制圧しました。
私達輸送部隊はなぜか、二週間ばかり、城内に入ることを許されず、城外に足止めされていました。
どこからともなく城内で大虐殺が行われている、という噂が流れてきました。捕虜を南京の背後にある、紫金山のふもとへかりたて、機関銃を打ちまくって数千いや、数万人も殺りくしたというのです。
(17)大虐殺のうわさが…
ようやく足止めが解除されて、ある日、荷物受領に揚子江岸の、下関埠頭へ行きました。すると、広い河岸が一杯に死体でうまっているのです。 岸辺の泥に埋まって、幅十メートル位はあろうか、と思われる死体の山でした。
揚子江岸で大虐殺が行われた、というその現場でしょうか、軍服を着た者はほとんどなく、大部分が平服の、民間人で、婦人や子供も交じっているようでした。
死体に油をかけて、焼こうとしたため、黒焦げになった死体も、数多くありました。 死臭で息もつけない中を、工兵部隊が、死体を沖に運んで流す作業をやっていましたが、こんなやり方では、一〜二ヵ月はかかりそうでした。
(写真キャプション)虐殺されたのち薪を積んで、油をかけられて焼かれた死体。ほとんどが平服の民間人でした。」
だけど、村瀬氏はやったところを見たわけじゃあないから、
この推測が本当かどうかは、これだけでは断定できない。
日本軍の仕業だということを実際に見たわけではないからね。
ここまで、出所が明確で、本人のコメントがはっきりしている場合でさえ、
写真「だけ」では確実な証拠にはならないということだよ。
これは メッセージ 6622 (ja2047 さん)への返信です.
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