> 問題は、西洋人の日記や手紙の真偽です
投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/17 05:22 投稿番号: [6620 / 41162]
>そこで、『当時安全区の面倒を見ていた西洋人の日記や手紙』の真偽を検証しているのです。
宣教師が裁判で嘘の証言をするかどうか、からは離れて考えましょう。
この場合、証言と日記手紙とは不即不離の関係にあるでしょう。東京裁判のとき証人の証言の信憑性を支える重要な証拠として彼らの日記手紙などが提出されたのでしょう。例のマッカラムの日記手紙も証拠として提出されたとあります(Zhang Kaiyuan, ed., Eyewitnesses to Massacre, 228)。
>犯人は、安全区に潜伏した多数(2万人?)の支那人便衣兵だとは考えられませんか?
撹乱工作として一部に(少数)そういうことはあったらしい。しかし日夜マッカラムが言うような規模で姦っていたら、発覚してかえって自分の身が危ないでしょう。いのちからがら安全区に逃げ込んだというのに。それに、千人、万人単位の変装はどうやるのか。安全区(いや城内にさへ)に日本兵の死体がごろごろころがっていたのか。
>>主要貿易相手国である米英との摩擦を避けるためにも、日本軍は南京で日本兵が不法行為を起こさないよう細心の注意を払い、たとえ靴一足でも軍法会議にかけたのである。(6514)
靴紛失より強姦のほうが罪は重いようですが、時と場合によっては、強姦のほうが靴紛失より発覚しづらいということもあるでしょう。
いや、強姦のことじゃなく小津安二郎と老婆斬殺のことだ、ですか。安全区の西洋人の日記手紙のことは、軍紀が無視されたり上官から大目にみられたりする可能性の証拠としてあげたのです。大量の捕虜処刑の命令(一人の老婆斬殺よりはるかに深刻な問題と思う)も、命令系統のどのレベルでのことだったのか。「軍紀違反」として反対した「隊長」などはいなかったのか。命令系統の乱れ、下克上のようなことはなかったのか。
小津安二郎の隊に何人いたかしらないが、全員目撃者なら、まだ存命の者もいるかもしれないし、だれかが家族に語っているだろうし、この件はここでこれ以上議論するより、そこをあたったほうが話ははやいでしょう。だれがやるのかは別として。
これは メッセージ 6615 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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