でりちゃん、一旦結論だ
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/20 06:08 投稿番号: [6097 / 41162]
>資料の限界で撹乱工作は2つしか確認できず
その2つしかない資料が、他の資料と矛盾するから「確認できる」とは言えない。
「攪乱工作説」の裏付けになる資料はない。
というのが、 「事実」 なのだけれどね。
以下、その「資料」の中身を、分析してくれたのはいいけれど、
他の資料と見比べて信憑性を確認するという作業をして欲しいわけ。
むやみやたらと「確信」に走るのではなくね。
たとえば、
>①難民キャンプおよび非軍事化されたはずの安全区に隠れていて摘発された支那軍の便衣兵は、12月28日現在で、外国大使館から、支那軍の将校23名と、下士官兵54名、兵卒1498名。
ほほ、仮にそうだとしたら ↓これとの整合はどうなるのかな。
歩兵第七連隊『戦闘詳報』
自十二月十三日 至十二月二十四日 南京城内掃蕩成果表 歩兵第七連隊
一、射耗弾 小銃 五,〇〇〇発
重機関銃 二、〇〇〇発
二、刺射殺数(敗残兵) 六、六七○
(略)
(『南京戦史資料集Ⅰ』P524)
差し引き、約5000名は、中国軍兵士とは確認されないままに殺されてしまったわけか。
なるほど「日本軍に拉致されたまま帰らない市民」が4200名も出るのは
不思議ではないな。
ということになるだろ?
>>「はっきりしていることは、当時誰かが納得したという記録は皆無だと言うことだ」
>事実として自然と受け入れられただけの話だろう。
これはでりちゃんの希望的推定であって、誰も「事実として受け入れた」
形跡はない。
>当時も今も、その新聞報道が嘘だという証拠はない。
この論法だとウソだと確認されるまでは情報は全て事実だと言うことになる。
ウソだと確認されるまでは事実である可能性も残っているというなら、
それは妥当な判定だが、 それは確かに事実だと言うことではない。
>>「ジョンと私は元気なことを知らせる。外部との接触がほとんどないので、上海に行く人に伝言を頼むという、めったにない機会に依存せざるをえない。今回は、小規模な運送業を仕事にしていて、日本軍に物資を持ってくることになった商人にたまたまお願いする。」
>十分、上海に情報を伝えられるじゃん。
その貴重な機会に外国人達が伝えたいのは、まず自分の身の安全についてであり、
その次に難民達の窮状だと思うがね。
1月2日に商人に頼んだ伝言が1月3日にNYタイムズに届くかどうか疑問だし、
NYタイムズ1月4日記事のようなことを優先して伝えようとしたとも考えにくい。
何より、このようにして伝わったという裏付けもない。
>>「攪乱工作隊説には事実である裏付けはない」
>>はっきり言えるのはここまででしかないのではないかな?
>撹乱工作隊というのは、安全区で摘発された便衣兵が1,500人以上いた中で、大佐一味7人と前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将の2つのケースしか資料がないレアケースだ。
その2つのケース自体が事実だという確認が取れないことは、繰り返し述べたとおり。
>しかし、日本軍が大佐一味の事を1月24日の記者会見で公表しなかったように、撹乱工作も実際にはもっとあったのだと思う。
>これが、「資料の限界」という事かもね。
もっとあったのかも知れないし、でりちゃんのいう2つのケースも事実かどうか判らない。
それを「資料の限界」というのもやむを得ないだろうね。
>撹乱工作隊というのは、安全区で摘発された便衣兵が1,500人以上いた中で、大佐一味7人と前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将の2つのケースしか資料がないレアケースだ。
ここまで話が煮詰まると、この事は理解できるね。
つまり、小林よしのりが「戦争論」で断定的に書いた。
「南京の安全区に二万人の国民党ゲリラが入り込み、日本兵に化けて略奪・強盗・強姦・放火を繰り返し、これをすべて日本軍のしわざに見せかけていた」
というのは、何の根拠もない想像を、あたかも事実であるかのように書いた、
そういうものだったんだね。
ま、これが確認できただけでもよかった。
その2つしかない資料が、他の資料と矛盾するから「確認できる」とは言えない。
「攪乱工作説」の裏付けになる資料はない。
というのが、 「事実」 なのだけれどね。
以下、その「資料」の中身を、分析してくれたのはいいけれど、
他の資料と見比べて信憑性を確認するという作業をして欲しいわけ。
むやみやたらと「確信」に走るのではなくね。
たとえば、
>①難民キャンプおよび非軍事化されたはずの安全区に隠れていて摘発された支那軍の便衣兵は、12月28日現在で、外国大使館から、支那軍の将校23名と、下士官兵54名、兵卒1498名。
ほほ、仮にそうだとしたら ↓これとの整合はどうなるのかな。
歩兵第七連隊『戦闘詳報』
自十二月十三日 至十二月二十四日 南京城内掃蕩成果表 歩兵第七連隊
一、射耗弾 小銃 五,〇〇〇発
重機関銃 二、〇〇〇発
二、刺射殺数(敗残兵) 六、六七○
(略)
(『南京戦史資料集Ⅰ』P524)
差し引き、約5000名は、中国軍兵士とは確認されないままに殺されてしまったわけか。
なるほど「日本軍に拉致されたまま帰らない市民」が4200名も出るのは
不思議ではないな。
ということになるだろ?
>>「はっきりしていることは、当時誰かが納得したという記録は皆無だと言うことだ」
>事実として自然と受け入れられただけの話だろう。
これはでりちゃんの希望的推定であって、誰も「事実として受け入れた」
形跡はない。
>当時も今も、その新聞報道が嘘だという証拠はない。
この論法だとウソだと確認されるまでは情報は全て事実だと言うことになる。
ウソだと確認されるまでは事実である可能性も残っているというなら、
それは妥当な判定だが、 それは確かに事実だと言うことではない。
>>「ジョンと私は元気なことを知らせる。外部との接触がほとんどないので、上海に行く人に伝言を頼むという、めったにない機会に依存せざるをえない。今回は、小規模な運送業を仕事にしていて、日本軍に物資を持ってくることになった商人にたまたまお願いする。」
>十分、上海に情報を伝えられるじゃん。
その貴重な機会に外国人達が伝えたいのは、まず自分の身の安全についてであり、
その次に難民達の窮状だと思うがね。
1月2日に商人に頼んだ伝言が1月3日にNYタイムズに届くかどうか疑問だし、
NYタイムズ1月4日記事のようなことを優先して伝えようとしたとも考えにくい。
何より、このようにして伝わったという裏付けもない。
>>「攪乱工作隊説には事実である裏付けはない」
>>はっきり言えるのはここまででしかないのではないかな?
>撹乱工作隊というのは、安全区で摘発された便衣兵が1,500人以上いた中で、大佐一味7人と前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将の2つのケースしか資料がないレアケースだ。
その2つのケース自体が事実だという確認が取れないことは、繰り返し述べたとおり。
>しかし、日本軍が大佐一味の事を1月24日の記者会見で公表しなかったように、撹乱工作も実際にはもっとあったのだと思う。
>これが、「資料の限界」という事かもね。
もっとあったのかも知れないし、でりちゃんのいう2つのケースも事実かどうか判らない。
それを「資料の限界」というのもやむを得ないだろうね。
>撹乱工作隊というのは、安全区で摘発された便衣兵が1,500人以上いた中で、大佐一味7人と前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将の2つのケースしか資料がないレアケースだ。
ここまで話が煮詰まると、この事は理解できるね。
つまり、小林よしのりが「戦争論」で断定的に書いた。
「南京の安全区に二万人の国民党ゲリラが入り込み、日本兵に化けて略奪・強盗・強姦・放火を繰り返し、これをすべて日本軍のしわざに見せかけていた」
というのは、何の根拠もない想像を、あたかも事実であるかのように書いた、
そういうものだったんだね。
ま、これが確認できただけでもよかった。
これは メッセージ 6095 (deliciousicecoffee さん)への返信です.