資料の限界で撹乱工作は2つしか確認できず
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/19 19:46 投稿番号: [6095 / 41162]
>>「憲兵は南京難民区区域或いは外国大使館に潜伏しある不逞徒を捕らえつつあり。八八師副師長など主なる者なり。」とあるから、取調べは、その後だったんだろう。
>どの後なのかな?
アホかい?
その日記の日付である1月4日以降に決まってるだろ。
>「憲兵隊報告書」は12月28日付であり、1月24日には記者発表されている。
そうだよ。
それが、どうした?
#6079と#6080でも述べたが、1月24日の日本軍の記者会見では12月28日以降のことも述べられている。
>そう思ったから「飯沼日記」を2月1日まで引用したのだよ。
「飯沼日記」は、前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将が反日撹乱工作をしていたかどうかの大した根拠にはなり得ない。
>飯沼日記は持ち出してはいけない資料なのかね?
別に。
あまり関係ないことを長々と貼り付けるなと言っているだけ。
>ここはタオルが入っているからね。
オマエの誤解らしいよ。
>それは、「シラを切るところを見ると、お前が犯人だな。」という論理だな。
そうではなく、結果としてワンシンロンら4人は犯人だったのだよ。
国際安全委員会は、避難民の中に紛れ込んだ軍人のチェックを怠っていた訳であり、結果的に匿っていたと謂われても仕方がない。
1月24日に行われた日本軍の発表にも、それを受けて報道したNY・タイムズやチャイナ・プレスの記事にも、彼らが撹乱工作をしたという言及や記述はない。
彼らが行った略奪・脅迫・強姦が日本軍の仕業と誤解された可能性はあるが、大佐ら7人や馬(マー)中将のように最初から反日撹乱工作を目的として故意に犯罪をした訳ではなかったのだろう。
①難民キャンプおよび非軍事化されたはずの安全区に隠れていて摘発された支那軍の便衣兵は、12月28日現在で、外国大使館から、支那軍の将校23名と、下士官兵54名、兵卒1498名。
②高級将校の一部は、大使館、領事館、その他中立国旗を掲げた建物に避難していた。
③そして、多くの場合大量の軍需物資を隠匿していた。
④摘発された便衣兵の一部は、略奪や脅迫や強姦などを行っていた。
⑤さらに、その中の一部は、犯罪を日本軍のせいにする反日撹乱工作を行っていた。
ワンシンロンら4名は、①〜④に該当するが、⑤には該当しない。
しかし、1月3日上海発NY・タイムズ記事の大佐一味7人や前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将は、⑤にも該当する極めて悪質な犯行だ。
ワンシンロンらが行った武器隠匿は当然許されないことだし、彼らの略奪・脅迫・強姦が日本軍の仕業と誤解された可能性はあるが、最初から日本軍に罪を擦り付けることを目的に犯罪を行った訳ではないということだ。
>「はっきりしていることは、当時誰かが納得したという記録は皆無だと言うことだ」
事実として自然と受け入れられただけの話だろう。
当時も今も、その新聞報道が嘘だという証拠はない。
>○フォースターの手紙 1月2日
> ジョンと私は元気なことを知らせる。外部との接触がほとんどないので、上海に行く人に伝言を頼むという、めったにない機会に依存せざるをえない。今回は、小規模な運送業を仕事にしていて、日本軍に物資を持ってくることになった商人にたまたまお願いする。
十分、上海に情報を伝えられるじゃん。
>「攪乱工作隊説には事実である裏付けはない」
>はっきり言えるのはここまででしかないのではないかな?
撹乱工作隊というのは、安全区で摘発された便衣兵が1,500人以上いた中で、大佐一味7人と前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将の2つのケースしか資料がないレアケースだ。
実際には、ワンシンロンら4人の犯行のようにそれが日本軍の仕業だと誤解されるケースのほうが多かったのだろう。
しかし、日本軍が大佐一味の事を1月24日の記者会見で公表しなかったように、撹乱工作も実際にはもっとあったのだと思う。
これが、「資料の限界」という事かもね。
>どの後なのかな?
アホかい?
その日記の日付である1月4日以降に決まってるだろ。
>「憲兵隊報告書」は12月28日付であり、1月24日には記者発表されている。
そうだよ。
それが、どうした?
#6079と#6080でも述べたが、1月24日の日本軍の記者会見では12月28日以降のことも述べられている。
>そう思ったから「飯沼日記」を2月1日まで引用したのだよ。
「飯沼日記」は、前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将が反日撹乱工作をしていたかどうかの大した根拠にはなり得ない。
>飯沼日記は持ち出してはいけない資料なのかね?
別に。
あまり関係ないことを長々と貼り付けるなと言っているだけ。
>ここはタオルが入っているからね。
オマエの誤解らしいよ。
>それは、「シラを切るところを見ると、お前が犯人だな。」という論理だな。
そうではなく、結果としてワンシンロンら4人は犯人だったのだよ。
国際安全委員会は、避難民の中に紛れ込んだ軍人のチェックを怠っていた訳であり、結果的に匿っていたと謂われても仕方がない。
1月24日に行われた日本軍の発表にも、それを受けて報道したNY・タイムズやチャイナ・プレスの記事にも、彼らが撹乱工作をしたという言及や記述はない。
彼らが行った略奪・脅迫・強姦が日本軍の仕業と誤解された可能性はあるが、大佐ら7人や馬(マー)中将のように最初から反日撹乱工作を目的として故意に犯罪をした訳ではなかったのだろう。
①難民キャンプおよび非軍事化されたはずの安全区に隠れていて摘発された支那軍の便衣兵は、12月28日現在で、外国大使館から、支那軍の将校23名と、下士官兵54名、兵卒1498名。
②高級将校の一部は、大使館、領事館、その他中立国旗を掲げた建物に避難していた。
③そして、多くの場合大量の軍需物資を隠匿していた。
④摘発された便衣兵の一部は、略奪や脅迫や強姦などを行っていた。
⑤さらに、その中の一部は、犯罪を日本軍のせいにする反日撹乱工作を行っていた。
ワンシンロンら4名は、①〜④に該当するが、⑤には該当しない。
しかし、1月3日上海発NY・タイムズ記事の大佐一味7人や前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将は、⑤にも該当する極めて悪質な犯行だ。
ワンシンロンらが行った武器隠匿は当然許されないことだし、彼らの略奪・脅迫・強姦が日本軍の仕業と誤解された可能性はあるが、最初から日本軍に罪を擦り付けることを目的に犯罪を行った訳ではないということだ。
>「はっきりしていることは、当時誰かが納得したという記録は皆無だと言うことだ」
事実として自然と受け入れられただけの話だろう。
当時も今も、その新聞報道が嘘だという証拠はない。
>○フォースターの手紙 1月2日
> ジョンと私は元気なことを知らせる。外部との接触がほとんどないので、上海に行く人に伝言を頼むという、めったにない機会に依存せざるをえない。今回は、小規模な運送業を仕事にしていて、日本軍に物資を持ってくることになった商人にたまたまお願いする。
十分、上海に情報を伝えられるじゃん。
>「攪乱工作隊説には事実である裏付けはない」
>はっきり言えるのはここまででしかないのではないかな?
撹乱工作隊というのは、安全区で摘発された便衣兵が1,500人以上いた中で、大佐一味7人と前第八十八師の副師長の馬(マー)・ポウシャン中将の2つのケースしか資料がないレアケースだ。
実際には、ワンシンロンら4人の犯行のようにそれが日本軍の仕業だと誤解されるケースのほうが多かったのだろう。
しかし、日本軍が大佐一味の事を1月24日の記者会見で公表しなかったように、撹乱工作も実際にはもっとあったのだと思う。
これが、「資料の限界」という事かもね。
これは メッセージ 6093 (ja2047 さん)への返信です.