撹乱工作隊は、大佐一味とマー中将
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/16 00:32 投稿番号: [6042 / 41162]
>>卑怯な支那の撹乱工作隊
>この件何度もでりちゃんとは話してるのだが、あっさり振り出しに戻してくれるなあ。
何のこっちゃ?
反日撹乱工作隊の存在を否定したいの?
それは、無理だろう。
憲兵隊の報告書によると、1937年12月28日までに支那人将校23名、下士官54名、兵士1498名を安全区内の建物の中で捕まえた。
1937年12月30日午後2時頃、金陵大学の蚕桑施設で憲兵隊が略奪・強姦等を行っていたワン・シンロウら4名を逮捕した。
12月30日、31日、ワン・シンロウらを匿っていたベイツなど金陵大学関係のアメリカ人たちは必死に取り戻そうとしたが駄目だった。
1938年1月3日上海発の1月4日付記事としてニューヨーク・タイムズが、「元支那軍将校が避難民の中に――大佐一味が白状、南京の犯罪を日本軍のせいに」と題する記事で金陵女子大学でアメリカ人教授たちが、逃亡中の大佐1名とその部下の将校6名を匿っていたことを報道した。
また、1938年1月24日、日本軍は、憲兵隊が支那人便衣兵を捕まえて調査した報告書を改めて公表した。
1937年12月28日までに捕まえた便衣兵の総計を公表し、捕まえた便衣兵の中には略奪・強姦をしていた司令官ワン・シンロウと部下3人、反日撹乱工作を行っていた前第八十八師の副師長マー・ポウシャン中将、南京警察の高官ミ・シンシなどが居た。
中でも、マー中将は安全地区で反日撹乱行為を活発に煽動していたし、ファン・アン大尉と17丁のライフルも隠されていた。
この1月24日の日本軍の発表をチャイナプレスやニューヨーク・タイムズなど一部の外国のマスコミが採り上げて翌日1月25日付で報道した。
憲兵隊の報告書は場所や犯人などを特定しており、南京安全区国際委員会が日本大使館に送った日本軍の非行に関する報告などよりも余ほど報告書としての体を成している。
また、この発表を採用して報道したニューヨーク・タイムズも、ベイツの出鱈目メモを垂れ流した12月18日付のダーディン記事の掲載より、余ほど誠実な報道姿勢だと言える。
軍や政府の発表や通信社のニュースや新聞社独自の取材などから、どのニュースを採り上げて掲載するかは各新聞社の判断によるもので、日本軍の非行が話題にすらなっていなかった日本の新聞社がどこも報道しなかったからといって、そんなにおかしなことではない。
これは メッセージ 6025 (ja2047 さん)への返信です.
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