南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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昔の中国軍の実態

投稿者: kaka8950jc 投稿日時: 2005/06/07 13:14 投稿番号: [5899 / 41162]
暗黒大陸『中国の真実』
ラルフ   タウンゼント(1900−1975)   1931年アメリカ上海副領事その後福建省の副領事として赴任。原書は1933年発行。

兵の装備はお粗末なもので、街中で見かける宣伝用の兵隊は別として、食料は殆んど支給されない。
したがって、行く先々で食券代代わりに銃剣を振り回して食糧を略奪する。
荷物運搬用の牛馬の代わりになる苦力を大量に捕獲する。したがって軍が動くという噂が流れると、苦力でごった返していた通りがガランとなる。
捕まったらその扱いは残酷で目を覆うものがある。過酷な仕事やらされ、抵抗しなくても、ただ「殴って楽しむため」棍棒や銃で殴るのである。銃を持たない苦力は食の調達にも苦労する。
戦場では兵隊さえ嫌がるところへ回される。互いの捕膚の圧倒的な多数は徴発された苦力であるそして戦闘記録にある「捕獲捕膚」とは敵方で虐殺された者」と読み替えてよい。

兵隊は略奪した食糧を腹いっぱい食える。


食うために兵隊になるから命を懸けて戦わない。
最後まで戦う事はまずない。それぞれ5万人の兵力がぶっかる戦では、2,3百人の戦死者がでたら「勝負あった」となる。兵士には敢闘精神が無い。日本人や欧米人と違い「闘争心」「何が何でも勝利を」という気迫がない。
所詮、食うためにたまたま兵隊に入ったたのだから、弾に当って死んだら元も子もない。両軍ただ睨みあうだけである。勿論前線では小競り合いがあり、少々犠牲者も出るが、本隊は相手が自陣に攻め込まないかぎり数ヵ月ものらりくらりして、本格的な攻撃はしない。

犠牲者は圧倒的に住民である。
多くの死者が出る。ところが兵隊の死者はごく少ない。
殆んどが戦場となった地域の住民である。しかも殆んどが餓死である。
米粒一つ残さず「友軍」に略奪されるからである。
一つ例を挙げよう。
1931年5月、江西省と湖南省における対共産党戦に関する楊将軍の報告である。
江西    死者18万6千人
     難民の死者210万人
     焼失家屋10万棟
湖南    死者7万二千人
     焼失家屋12万棟

次は1932年の湖北省での共産党の略奪報告(湖北省の知事)である

死者   35万人
家を失った難民   350万人
焼失家屋9万8千棟

これはほんの一部に過ぎない。この数字を疑う理由は無い。
数字には無いが、
『住民を守るべき軍が逆に食糧を取り上げ、飢えさせ。あるいは焼き打ちにする。』
将軍たちはこういうことは報告しないのである。
共産党の支配地区には「どちらもひどいが防衛軍(国民党かな?)より共産党がまだまし」というものも多い。宣教師の家族達も「その通りだ」と言っていた。

共産党のやり方はこうである。金のありそうな者を拷問する、羽振りが良く資本主義者と思われる者は即刻殺す。だから金持ちは共産党が来る前にさっさ逃げる。貧乏人だけが残り、餓死者が出るのである。


ほんの一部を紹介しました。
これを読むと日本軍が、中国戦線で百戦百勝だったことがよくわかります。
叉南京戦での当時の国民党軍の行動様式が想像されます。誰が虐殺したのか?
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