南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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鬼畜米英は何だったんだか

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/08 11:06 投稿番号: [5414 / 41162]
>鬼畜米英は何だったんだい?島民は恐怖教育で洗脳され国家,国民ごと強盗殺人を繰り返してたんだよ!

違います。
「鬼畜米英」も「生きて虜囚の辱めを受けず」も洗脳でも単なるスローガンではありません。
これは「警句」であったといえます。

(アメリカ人(白人)がどのようにインディアン徹底的に虐殺し「ほぼ滅ぼした」かを当時の日本人は聞いていましたし、それまで紳士的だと考えていた米(英)の実像が明らかになるに従い、「今度は自分たちが同じ扱いを受けていることに気づき始めた」わけです。)


http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genbaku-1a.htm

「5:人種蔑視に基づく残虐行為」

「この悲惨な状況をあざ笑うかのように、米軍機は何時間にもわたって、無抵抗の漂流者に執拗な機銃掃射を加え続けた。・・・
ちなみに日本海軍では漂流者に対する攻撃を禁止していました。」

「ルーズベルト大統領の息子で海兵隊大尉のジェームズ・ルーズベルトも加わっていたカールソン襲撃隊は、戦死した日本兵の死体を切り刻み、男根と睾丸とを日本兵の口中に詰め込んだ。」

「硫黄島の洞窟内から戦後米兵により持ち去られた日本兵の頭蓋骨は壱千個にもなる。彼等はそれでロウソク立て、灰皿やペン皿を作ったといわれ、また硫黄島で戦死した日本兵の頭蓋骨と称するものが、ロサンゼルスの骨董店で一個二十五ドルで売られていた。」

「六月二十六日の彼の日記には日本兵捕虜の虐殺、およびパラシュート降下中の日本航空兵の射殺について述べている。降伏し捕らえられた千数百人という日本兵捕虜のうち、捕虜収容施設に引き渡されたのは僅か百人か二百人に過ぎなかった。残りの者たちは殺害されたが、事故に遭ったと報告された。
「仲間が降伏したにもかかわらず機関銃で撃たれたという話が日本兵に広がれば、投降しようという者などまずいなくなるだろう」とリンドバーグは聞かされた。」

「ある仲間のパイロットから直接聞いた話によれば、後ろ手に縛られた日本人捕虜達を輸送機に乗せて収容施設のある地域に輸送する際に、彼等を飛行中に突き落とす行為がおこなわれた。そして報告書には捕虜全員が自分から飛び降りたと記録された」

「投降しようとした日本の負傷兵を、オーストラリア軍の司令官が射殺するように命じるのを目撃する。
「私の言うことが聞こえただろう」と、両手を挙げた日本兵からわすか数ヤード離れただけの少将(司令官)は答えた。「捕虜はいらない。全員射殺してしまえ」。そして彼等は撃たれた。」

「日本兵を自分達と同じ人間とは見なさない連合国兵士による、死体や死にかけた日本兵から金歯、耳、骨、頭皮、頭蓋骨などを収集し、戦果の証とする堕落した行為が広く行われていたことも、米国民の間で戦時中からよく知られていた。」

「すでに十七個の金歯を集めた海兵隊員がいて、その最後の金歯はサイパンで負傷してまだ手を動かしている日本兵の頬を、ナイフで切り裂きほじくり出して取ったものだ、と事もなげに述べられている。」

「太平洋の激戦地ペリリュー島および沖縄で、日本兵の死体から 手を切り取って戦果のトロフィーとする、金歯をあさる、死体の空いた口を目がけて小便をする、恐れおののく沖縄の老女を撃ち殺し、「みじめな生活から、解放してやっただけだ」と気にも留めない海兵隊員の様子を目撃した」

「フィリピンのラグナラ州カランバには日本兵を収容するルソン第一捕虜収容所があったが、ここはフィヒリピンにおける最大規模の収容所であった。米軍の発表によれば収容された捕虜のうち、戦争が既に終了した昭和二十年(1945年)末までに、栄養失調で死亡した日本兵捕虜は一万二千人にものぼった。そこには「バターンの死の行進」に対する復讐の意図から、敗戦後も栄養失調状態であった多数の捕虜に対する十分な食糧(栄養)補給をさせなかったからである」
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