>>*4:でりちゃん、常識で判断しよう
投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/05/05 12:46 投稿番号: [5303 / 41162]
>>ダーディンは、見ていないことは見ていない、聞いていないことは聞いていない、と言っているだけで、「情報が欠落している」という事実があったことを証言しているに過ぎません。
これは、虐殺の有無について、別段何の裏付けにもならない、というだけのことです。
問題の箇所をもう一度見てみましょう。
>――そういう地域の住民はどうなったのですか。
「大多数は戦闘の始まる前に避難しました。南京の方向へと逃れ、市内に入った避難民もかなりいました。漢口のほうにまで逃げていった民間人もかなり多数いました」
――上海から南京近郊に到達するまでの過程で日本軍が中国側の捕虜や民間人を多数殺したという話しは当時あったのですか。
「いや、それはありませんでした。中国軍は日本軍に正面から戦いを挑まず、撤退していたし、地元の住民もみな避難していたからでしょう。。
私は当時、虐殺に類することはなにも目撃しなかったし、聞いたこともありません。虐殺は日本軍が南京を占領してからなのです」
http://jpn.dyndns.ws/~nanking/dathin.html
単に聞いていないからあったともなかったとも言えないと言っているのではなく、自分はなかったと思う、そんなことは見たこともないし話にも聞いていないから、と言っていると思います。
なぜそのような話を聞かなかったかといえば、「中国軍は日本軍に正面から戦いを挑まず、撤退していたし、地元の住民もみな避難していたから」だろうとダーティンは推測していますね。
小森の
>ダーティン氏のこの言葉も、「上海から南京への進撃途中に日本軍が中国人を大量虐殺した」という説に疑問符を突きつけている。
もしそうした虐殺があったならば、南京陥落時に市内に中国民間人が多数、残っていて、歓迎の姿勢さえみせるということもなかったはず、と考えるのが自然だろう。
http://jpn.dyndns.ws/~nanking/dathin.html
は、トンチンカンな発言ではないと思います。
>>おそらくそうだったのでしょう。「蝗軍」の略奪進撃からは逃げられなかったのでしょうか。進撃が速すぎて。予告も何もなく襲ってくる津波みたいなものだったのでしょう。
ちょっとした皮肉がこめられています。よく調べていないので不正確ですが、上海―南京進軍はおそらく数日から十数日を要したことでしょう(津波より遅いような気がしますが、間違っているかもしれません)。ダーティンの「地元の住民もみな避難していた」という推測が正しければ、虐殺される現地民の数には限度があっただろうし、残っていた現地民が噂を聞いて逃げる余裕もあったのではないでしょうか。避難(と噂)は普通害悪とは反対の方向(ここでは南京方面)に走ると思うのですが。
ダーティンの上記の推測(「地元の住民もみな避難していた」等)が間違っていたとしても、彼自身は、そのような推測に基づいて、「上海から南京近郊に到達するまでの過程で日本軍が中国側の捕虜や民間人を多数殺したという」ことはなかっただろうと言っていると思います。ですから、ダーティンは、上海―南京進撃途上での日本軍による民間人虐殺については、自分の立場は、あったともなかったともノーコメントだと言っているのではないと思います。なかったようだと言っていると思います。
これは、虐殺の有無について、別段何の裏付けにもならない、というだけのことです。
問題の箇所をもう一度見てみましょう。
>――そういう地域の住民はどうなったのですか。
「大多数は戦闘の始まる前に避難しました。南京の方向へと逃れ、市内に入った避難民もかなりいました。漢口のほうにまで逃げていった民間人もかなり多数いました」
――上海から南京近郊に到達するまでの過程で日本軍が中国側の捕虜や民間人を多数殺したという話しは当時あったのですか。
「いや、それはありませんでした。中国軍は日本軍に正面から戦いを挑まず、撤退していたし、地元の住民もみな避難していたからでしょう。。
私は当時、虐殺に類することはなにも目撃しなかったし、聞いたこともありません。虐殺は日本軍が南京を占領してからなのです」
http://jpn.dyndns.ws/~nanking/dathin.html
単に聞いていないからあったともなかったとも言えないと言っているのではなく、自分はなかったと思う、そんなことは見たこともないし話にも聞いていないから、と言っていると思います。
なぜそのような話を聞かなかったかといえば、「中国軍は日本軍に正面から戦いを挑まず、撤退していたし、地元の住民もみな避難していたから」だろうとダーティンは推測していますね。
小森の
>ダーティン氏のこの言葉も、「上海から南京への進撃途中に日本軍が中国人を大量虐殺した」という説に疑問符を突きつけている。
もしそうした虐殺があったならば、南京陥落時に市内に中国民間人が多数、残っていて、歓迎の姿勢さえみせるということもなかったはず、と考えるのが自然だろう。
http://jpn.dyndns.ws/~nanking/dathin.html
は、トンチンカンな発言ではないと思います。
>>おそらくそうだったのでしょう。「蝗軍」の略奪進撃からは逃げられなかったのでしょうか。進撃が速すぎて。予告も何もなく襲ってくる津波みたいなものだったのでしょう。
ちょっとした皮肉がこめられています。よく調べていないので不正確ですが、上海―南京進軍はおそらく数日から十数日を要したことでしょう(津波より遅いような気がしますが、間違っているかもしれません)。ダーティンの「地元の住民もみな避難していた」という推測が正しければ、虐殺される現地民の数には限度があっただろうし、残っていた現地民が噂を聞いて逃げる余裕もあったのではないでしょうか。避難(と噂)は普通害悪とは反対の方向(ここでは南京方面)に走ると思うのですが。
ダーティンの上記の推測(「地元の住民もみな避難していた」等)が間違っていたとしても、彼自身は、そのような推測に基づいて、「上海から南京近郊に到達するまでの過程で日本軍が中国側の捕虜や民間人を多数殺したという」ことはなかっただろうと言っていると思います。ですから、ダーティンは、上海―南京進撃途上での日本軍による民間人虐殺については、自分の立場は、あったともなかったともノーコメントだと言っているのではないと思います。なかったようだと言っていると思います。
これは メッセージ 5258 (ja2047 さん)への返信です.