日本の論理
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/03 22:26 投稿番号: [5213 / 41162]
kurobiyouxi様、ありがとうございます。
まず、別に「正しい(正義の)軍隊」と言っているわけではなく、文字通り「軍隊としての規律が正しい(秩序が保たれている)」ということです。
(少なくとも日中戦争までは、日本軍は残虐な軍隊と非難されるどころか、「世界的に見ても規律の正しい軍隊のひとつ」というのが定評でした。)
>中国という外国の土地内に、しかも日本帝国軍隊 ご一同様「いらっしゃいました、歓迎します」と現地「中国国家人民」から言われたわけでもないのに、勝手に土足で侵略侵入進出した「日本軍」は「のっけ」から規律正しくなかったのではありますまいか。
日本が単独で中国にいたわけではなく、英・米・日・ロ・独・仏・伊・墺の8カ国の一員として中国に駐屯していました。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~ttakayam/rokoukyou-2.htm
『1897年(明治30年)頃から列強の中国進出に対する反感と生活不安の為義和団の暴動が始まりたびたび外国人が襲われたことから始まる。
1900年(明治33年)には遂には天津の外国人居留地まで襲われる事態になり、当時駐在していた英・米・日・ロ・独・仏・伊・墺の8カ国の連合軍と清・義和団連合軍の戦闘となった。
当初日本は外国人排撃がキリスト教に対する反感も絡んでいたので深入りする気はなかったが英米等の強い要請で結果的には日本軍が中心となり清・義和団連合軍を破った。所謂北清事変である。
この結果の協定で各国は北京・天津に兵を常駐させる権利を得たわけで日本だけではない。』
中国への侵攻作戦は少なくとも日本にとっては、日本への挑発・日本人へのテロを繰り返す「テロリストの頭目への制裁」です。
中国侵攻のきっかけは中国の盧溝橋というところでの発砲事件です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=ffccf4x78&sid=1143582&mid=72761
要するに、「中国共産党軍の劉少奇一派による謀略」であり、「蒋介石の国民党軍により滅亡寸前だった中共軍を救うために、日本軍と国民党軍を戦わせた」
ということです。
これが「日中戦争がはじまったきっかけ」であり、日本軍はその後も「蒋介石を追い詰めるために南京を攻略」し、「蒋介石が飛行機を使って中国奥地の重慶まで逃げたので、中国奥地に進軍せざるを得なかった」ということです。
当時はもちろん共産軍の謀略とは知りませんでしたし、国民党軍の指導者蒋介石こそ、日本を挑発する張本人と目されていました。(言わばアメリカにとってのイラクバース党のフセインであり、フセインを捕まえるか倒すまではテロは終わらないと考えたようなものです)
もちろん、例によって中国当局は国民に都合の悪いことはなにも知らせませんから、何も知らない重慶市民が、突然の日本軍の攻撃に「侵略だ」と激怒したのは無理の無いことだと思います。
まず、別に「正しい(正義の)軍隊」と言っているわけではなく、文字通り「軍隊としての規律が正しい(秩序が保たれている)」ということです。
(少なくとも日中戦争までは、日本軍は残虐な軍隊と非難されるどころか、「世界的に見ても規律の正しい軍隊のひとつ」というのが定評でした。)
>中国という外国の土地内に、しかも日本帝国軍隊 ご一同様「いらっしゃいました、歓迎します」と現地「中国国家人民」から言われたわけでもないのに、勝手に土足で侵略侵入進出した「日本軍」は「のっけ」から規律正しくなかったのではありますまいか。
日本が単独で中国にいたわけではなく、英・米・日・ロ・独・仏・伊・墺の8カ国の一員として中国に駐屯していました。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~ttakayam/rokoukyou-2.htm
『1897年(明治30年)頃から列強の中国進出に対する反感と生活不安の為義和団の暴動が始まりたびたび外国人が襲われたことから始まる。
1900年(明治33年)には遂には天津の外国人居留地まで襲われる事態になり、当時駐在していた英・米・日・ロ・独・仏・伊・墺の8カ国の連合軍と清・義和団連合軍の戦闘となった。
当初日本は外国人排撃がキリスト教に対する反感も絡んでいたので深入りする気はなかったが英米等の強い要請で結果的には日本軍が中心となり清・義和団連合軍を破った。所謂北清事変である。
この結果の協定で各国は北京・天津に兵を常駐させる権利を得たわけで日本だけではない。』
中国への侵攻作戦は少なくとも日本にとっては、日本への挑発・日本人へのテロを繰り返す「テロリストの頭目への制裁」です。
中国侵攻のきっかけは中国の盧溝橋というところでの発砲事件です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=ffccf4x78&sid=1143582&mid=72761
要するに、「中国共産党軍の劉少奇一派による謀略」であり、「蒋介石の国民党軍により滅亡寸前だった中共軍を救うために、日本軍と国民党軍を戦わせた」
ということです。
これが「日中戦争がはじまったきっかけ」であり、日本軍はその後も「蒋介石を追い詰めるために南京を攻略」し、「蒋介石が飛行機を使って中国奥地の重慶まで逃げたので、中国奥地に進軍せざるを得なかった」ということです。
当時はもちろん共産軍の謀略とは知りませんでしたし、国民党軍の指導者蒋介石こそ、日本を挑発する張本人と目されていました。(言わばアメリカにとってのイラクバース党のフセインであり、フセインを捕まえるか倒すまではテロは終わらないと考えたようなものです)
もちろん、例によって中国当局は国民に都合の悪いことはなにも知らせませんから、何も知らない重慶市民が、突然の日本軍の攻撃に「侵略だ」と激怒したのは無理の無いことだと思います。
これは メッセージ 5206 (kurobiyouxi さん)への返信です.