◆お粗末な肯定論の限界と大破綻⑧
投稿者: madabakayatuterunokaomae 投稿日時: 2012/12/28 03:31 投稿番号: [40949 / 41162]
13.中国共産党の洗脳工作と金目当ての「語り部」
元日本兵の証言や日記・手記を南京大虐殺の根拠とする肯定派は多い。しかしちょっと考えてみて欲しい。彼らの証言をそのまま根拠とするのはおかしいのではないか?自白のみを有罪の根拠とするのか?自白することによって彼らは何か利益を得ているのではないか?彼らの経歴を洗ってみる必要があるのではないか?
『元参戦兵士の中には、マスコミや運動体に担がれて不正確かつ誇大に罪行を告白する「語り部」として登場する例が少なくない。田所耕三、中山重夫、曽根一夫、舟橋照吉などで戦友会などとトラブルを起こしているが、もっとも有名になったのは東史郎上等兵(第16師団歩20連隊第3中隊)であろう。』
金のために「語り部」となり、本を出版したり取材を受けたりして金を得ようとする輩が存在するのは残念なことだが事実である。”従軍慰安婦”では吉田清治が有名である。
もうひとつ忘れてはならないのが「撫順戦犯管理所」である。1950年ソ連より引き渡された900人以上の日本人や満州国の戦犯を収容した中華人民共和国による戦犯管理所で、ここでは元日本兵を収容管理して洗脳教育を施したことが明らかになっている。Youtubeで検索すれば動画が見られるのでご覧になっていただきたい。戦犯として収容された元日本兵は中国人職員も不満に感じるほどの恵まれた環境に置かれ、戦時中の罪状を告白すると賞賛され認めなければ批難されるという恐ろしい洗脳工作が行われていたのである。「中帰連」(中国帰還者連絡会)という団体で帰国後も活動が行われている。
中間派がよく引用する資料に偕行社の「南京戦史」がある。これについては秦郁彦氏の著書にこのような記述がある。『1989年に中国側から撫順収容所の戦犯だった太田寿夫少佐(第二碇泊場司令部)の供述書が流され、一部のマスコミが大きく報道したことがあった。「12月15日に着任して15万(大多数は住民)の死体処理を目撃した」というのが供述書の要旨だったが、太田の着任は25日だったことを記入した部下の梶谷健郎軍曹の日記の出現で、太田ばかりで無く戦犯の供述書全般に対する信頼性が揺らいだ。』※6のp309
偕行社の「南京戦史」にも洗脳を受けた中国帰還者連絡会の証言が潜り込んでいると言うことである。
元日本兵の日記を根拠に使う肯定派も多いが、日記とは本来プライベートなものであって、必ずしも事実を書くとは限らないのである。はやく中国軍をやっつけて日本に帰りたい、という願望から少々勇ましい空想を書いたとしても何ら不思議は無いのだ。日記だけでは証拠として不十分で他の裏付けが必要なことは言うまでもあるまい。南京陥落時の混乱に際して几帳面に日記をつけるということができたのかどうかも疑問が残る。
まとめ(私見)
私は当時の南京で日本軍による虐殺が一件も無かったとは言わないが、日本軍による組織的な一般市民大量虐殺は無かったと思っている。しかし何らかの新事実が出てくればこの認識が変わることもあり得る。
”南京大虐殺”に関する私の認識は、『ラーベが日本軍に報告した49人が日本軍による一般市民殺害の上限・最大数で、この49人を精査すれば大幅に下回ることもありうる。』です。49人というのは当時の日本側に伝えられた被害数であり、その当時日本側も調査・反論できた被害だったからです。中国側戦闘員の死者については蒋介石・唐生智が降伏すれば救われたのですから、中国側が日本側を責めるのはおかしな話です。
私のスタンスは「日本を守るために命を賭けて戦ってくれた祖先の汚名・冤罪を晴らしたい」というものです。
北村稔立命館大教授『一般市民を対象とした虐殺はなかったとの結論に達する』
※2007年4月2日の外国特派員協会における講演。2007/04/19週刊新潮
元日本兵の証言や日記・手記を南京大虐殺の根拠とする肯定派は多い。しかしちょっと考えてみて欲しい。彼らの証言をそのまま根拠とするのはおかしいのではないか?自白のみを有罪の根拠とするのか?自白することによって彼らは何か利益を得ているのではないか?彼らの経歴を洗ってみる必要があるのではないか?
『元参戦兵士の中には、マスコミや運動体に担がれて不正確かつ誇大に罪行を告白する「語り部」として登場する例が少なくない。田所耕三、中山重夫、曽根一夫、舟橋照吉などで戦友会などとトラブルを起こしているが、もっとも有名になったのは東史郎上等兵(第16師団歩20連隊第3中隊)であろう。』
金のために「語り部」となり、本を出版したり取材を受けたりして金を得ようとする輩が存在するのは残念なことだが事実である。”従軍慰安婦”では吉田清治が有名である。
もうひとつ忘れてはならないのが「撫順戦犯管理所」である。1950年ソ連より引き渡された900人以上の日本人や満州国の戦犯を収容した中華人民共和国による戦犯管理所で、ここでは元日本兵を収容管理して洗脳教育を施したことが明らかになっている。Youtubeで検索すれば動画が見られるのでご覧になっていただきたい。戦犯として収容された元日本兵は中国人職員も不満に感じるほどの恵まれた環境に置かれ、戦時中の罪状を告白すると賞賛され認めなければ批難されるという恐ろしい洗脳工作が行われていたのである。「中帰連」(中国帰還者連絡会)という団体で帰国後も活動が行われている。
中間派がよく引用する資料に偕行社の「南京戦史」がある。これについては秦郁彦氏の著書にこのような記述がある。『1989年に中国側から撫順収容所の戦犯だった太田寿夫少佐(第二碇泊場司令部)の供述書が流され、一部のマスコミが大きく報道したことがあった。「12月15日に着任して15万(大多数は住民)の死体処理を目撃した」というのが供述書の要旨だったが、太田の着任は25日だったことを記入した部下の梶谷健郎軍曹の日記の出現で、太田ばかりで無く戦犯の供述書全般に対する信頼性が揺らいだ。』※6のp309
偕行社の「南京戦史」にも洗脳を受けた中国帰還者連絡会の証言が潜り込んでいると言うことである。
元日本兵の日記を根拠に使う肯定派も多いが、日記とは本来プライベートなものであって、必ずしも事実を書くとは限らないのである。はやく中国軍をやっつけて日本に帰りたい、という願望から少々勇ましい空想を書いたとしても何ら不思議は無いのだ。日記だけでは証拠として不十分で他の裏付けが必要なことは言うまでもあるまい。南京陥落時の混乱に際して几帳面に日記をつけるということができたのかどうかも疑問が残る。
まとめ(私見)
私は当時の南京で日本軍による虐殺が一件も無かったとは言わないが、日本軍による組織的な一般市民大量虐殺は無かったと思っている。しかし何らかの新事実が出てくればこの認識が変わることもあり得る。
”南京大虐殺”に関する私の認識は、『ラーベが日本軍に報告した49人が日本軍による一般市民殺害の上限・最大数で、この49人を精査すれば大幅に下回ることもありうる。』です。49人というのは当時の日本側に伝えられた被害数であり、その当時日本側も調査・反論できた被害だったからです。中国側戦闘員の死者については蒋介石・唐生智が降伏すれば救われたのですから、中国側が日本側を責めるのはおかしな話です。
私のスタンスは「日本を守るために命を賭けて戦ってくれた祖先の汚名・冤罪を晴らしたい」というものです。
北村稔立命館大教授『一般市民を対象とした虐殺はなかったとの結論に達する』
※2007年4月2日の外国特派員協会における講演。2007/04/19週刊新潮