兵士達の述懐(3)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/21 23:01 投稿番号: [40891 / 41162]
第16師団
歩兵第33連隊
第1大隊と
第2大隊の兵士の
証言を引用した。 次に、第3大隊の 兵士の証言を引用する。
昭和十二年八月、大召集を受けて、九月に 久居を出発し、
大阪港から出航しました。九月、十月、十一月は 河北の
戦闘で 韓家頭や八里荘で 初めて戦闘を体験しました。
(略)
部隊本部から「韓家頭の部落を攻撃する。 部落に入ったら、
猫の子でもいいから 生きとる者は、男でも女でも全部殺せ」
と命令が出ました。
それでわずか百メートル先に五十戸位の部落が見えたんです。
これこそと 攻撃をかけたけど、猫の子一匹もいやしません。
粗末な一軒の 農家の中のアンペラが コソコソと動くので
めくり上げると、四十歳位の 妊婦が 二人の幼児を
両脇に だきしめて 隠れていました。
コノーと引きずり出すと 子供は泣き叫び 母親の後に
しがみついている。
母親は もう一人の子を クリークの中に つっこんだ。
××伍長が これこそ戦友の仇と 即座に 銃で三人を
撃ち殺してしまった。
その時は 気がたっていた というか、女子供なのに
酷いことを しました。
同連隊 第1機関銃中隊の 兵士の証言は 次のとおり。
私ら行った時は 白茆江やったかな。
弾飛んで来えへんかったということは 敵おらへんかった。
上陸の時 命令受領に行ったら「普通の男も殺せ、皆敵や」
と言われていたで。
家を焼けとの命もあって、うちの中隊でも 放火班があった。
十人位で 火をつけたけども 常熟の前やったか、
一日ぐらいで止めた。
後者の証言にある 白茆江は、南京城攻撃の 1か月前に
攻略した地点であり、すでに この時点で無差別な殺害を
兵士たちは 命じられていたという事実が うかがえる。
この事実を裏付ける 別の兵士の 証言もある。
以下は、同連隊 第3機関銃中隊の 兵士の証言だ。
大連から南下して上海から揚子江を上にいった白茆口
という所に 着きました。 そこでは 敵前上陸で、
そこから どんどん追撃して 南京まで行ったんです。
その時、私は 上からの命令文を 見ました。
「支那人は全部殺せ、家は全部焼け」と書いてありました。
その命令は 白茆口に上陸する 前日に出たんです。
証言を引用した。 次に、第3大隊の 兵士の証言を引用する。
昭和十二年八月、大召集を受けて、九月に 久居を出発し、
大阪港から出航しました。九月、十月、十一月は 河北の
戦闘で 韓家頭や八里荘で 初めて戦闘を体験しました。
(略)
部隊本部から「韓家頭の部落を攻撃する。 部落に入ったら、
猫の子でもいいから 生きとる者は、男でも女でも全部殺せ」
と命令が出ました。
それでわずか百メートル先に五十戸位の部落が見えたんです。
これこそと 攻撃をかけたけど、猫の子一匹もいやしません。
粗末な一軒の 農家の中のアンペラが コソコソと動くので
めくり上げると、四十歳位の 妊婦が 二人の幼児を
両脇に だきしめて 隠れていました。
コノーと引きずり出すと 子供は泣き叫び 母親の後に
しがみついている。
母親は もう一人の子を クリークの中に つっこんだ。
××伍長が これこそ戦友の仇と 即座に 銃で三人を
撃ち殺してしまった。
その時は 気がたっていた というか、女子供なのに
酷いことを しました。
同連隊 第1機関銃中隊の 兵士の証言は 次のとおり。
私ら行った時は 白茆江やったかな。
弾飛んで来えへんかったということは 敵おらへんかった。
上陸の時 命令受領に行ったら「普通の男も殺せ、皆敵や」
と言われていたで。
家を焼けとの命もあって、うちの中隊でも 放火班があった。
十人位で 火をつけたけども 常熟の前やったか、
一日ぐらいで止めた。
後者の証言にある 白茆江は、南京城攻撃の 1か月前に
攻略した地点であり、すでに この時点で無差別な殺害を
兵士たちは 命じられていたという事実が うかがえる。
この事実を裏付ける 別の兵士の 証言もある。
以下は、同連隊 第3機関銃中隊の 兵士の証言だ。
大連から南下して上海から揚子江を上にいった白茆口
という所に 着きました。 そこでは 敵前上陸で、
そこから どんどん追撃して 南京まで行ったんです。
その時、私は 上からの命令文を 見ました。
「支那人は全部殺せ、家は全部焼け」と書いてありました。
その命令は 白茆口に上陸する 前日に出たんです。
これは メッセージ 40890 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.