Re: 中国製の偽造日記
投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2012/03/07 19:19 投稿番号: [39091 / 41162]
><<あなたは井家又一日記の真偽が南京大虐殺の真偽を決定する
と考えているようですが、
井家又一日記は本物なら重要な資料のひとつとなるでしょうが、
それだけが大虐殺の有無の決定的な証拠ではないでしょう。
ニセモノと判明したからといって南京大虐殺が即全否定されたことにもなりません。>>
>私も、当たり前のことを繰り返し説明する必要はないと思います。
おっしゃる意味がよくわからないのですが、
<<あなたは井家又一日記の真偽が南京大虐殺の真偽を決定すると考えているようですが、(略)南京大虐殺が即全否定されたことにもなりません。>>
が当たり前のことだから言う必要が無いということですか。もしそうなら、それは違いますね。
>もし文献偽作が確かなことになったら、中国やアメリカ自体、また日本との関係はどうなるか、ということ抜きに、現状を考えることはできないでしょう。
何を言っているのかよくわからないのですが、井家又一日記が偽作と判明したら日中、日米関係に大きな影響を及ぼすと言っているようですね。南京大虐殺そのものがウソと判明すれば日中、日米関係に多少の影響はあるでしょう(たとえば今騒がれている河村市長発言)が、井家又一日記が偽作と判明したからといって直接日中、日米関係に大きな影響はないでしょう。
>それを証拠に、間違いなく事実だとして教えられていたその国の歴史はどうなるか、信じていた子供たちはどうなるか、なかなか面倒なことになりそうだと思います。
「それを」とは井家又一日記のことでしょう?南京大虐殺が事実だと教えられているのは井家又一日記だけが証拠ではありません。だから、井家又一日記が偽作だと判明したからといって即あなたが言うような面倒なことにはなりません。
だから、
>だから、先が見えないから、ことが進まないのではないか、
ということにもなりませんし、
>逆に、日記が本物だとわかったら、河村氏の発言は、失言として猛反撃に遭うのは、確実である
ということにもなりません。井家又一日記などあってもなくても河村氏の発言は猛反撃を受けるでしょうし現に受けています。南京大虐殺を主張する者にとって井家又一日記は有力ではあっても一つの証拠に過ぎず、その他にも多数「有力な証拠」なるものがあるからです。
ということで、あなたは井家又一日記の真偽が南京大虐殺の真偽を決定するかのごとく言っていますが、私はそれは違うだろうと言っているのです。
上述のようにあなたは当たり前(井家又一日記の真偽は即南京大虐殺の真偽を決定しない)のこととは正反対のことを主張しているから、それは違うだろうというのです。
「井家又一日記の真偽は即南京大虐殺の真偽を決定しない」は「繰り説明する必要がない」というのはトンチンカンな反応なのです。
と考えているようですが、
井家又一日記は本物なら重要な資料のひとつとなるでしょうが、
それだけが大虐殺の有無の決定的な証拠ではないでしょう。
ニセモノと判明したからといって南京大虐殺が即全否定されたことにもなりません。>>
>私も、当たり前のことを繰り返し説明する必要はないと思います。
おっしゃる意味がよくわからないのですが、
<<あなたは井家又一日記の真偽が南京大虐殺の真偽を決定すると考えているようですが、(略)南京大虐殺が即全否定されたことにもなりません。>>
が当たり前のことだから言う必要が無いということですか。もしそうなら、それは違いますね。
>もし文献偽作が確かなことになったら、中国やアメリカ自体、また日本との関係はどうなるか、ということ抜きに、現状を考えることはできないでしょう。
何を言っているのかよくわからないのですが、井家又一日記が偽作と判明したら日中、日米関係に大きな影響を及ぼすと言っているようですね。南京大虐殺そのものがウソと判明すれば日中、日米関係に多少の影響はあるでしょう(たとえば今騒がれている河村市長発言)が、井家又一日記が偽作と判明したからといって直接日中、日米関係に大きな影響はないでしょう。
>それを証拠に、間違いなく事実だとして教えられていたその国の歴史はどうなるか、信じていた子供たちはどうなるか、なかなか面倒なことになりそうだと思います。
「それを」とは井家又一日記のことでしょう?南京大虐殺が事実だと教えられているのは井家又一日記だけが証拠ではありません。だから、井家又一日記が偽作だと判明したからといって即あなたが言うような面倒なことにはなりません。
だから、
>だから、先が見えないから、ことが進まないのではないか、
ということにもなりませんし、
>逆に、日記が本物だとわかったら、河村氏の発言は、失言として猛反撃に遭うのは、確実である
ということにもなりません。井家又一日記などあってもなくても河村氏の発言は猛反撃を受けるでしょうし現に受けています。南京大虐殺を主張する者にとって井家又一日記は有力ではあっても一つの証拠に過ぎず、その他にも多数「有力な証拠」なるものがあるからです。
ということで、あなたは井家又一日記の真偽が南京大虐殺の真偽を決定するかのごとく言っていますが、私はそれは違うだろうと言っているのです。
上述のようにあなたは当たり前(井家又一日記の真偽は即南京大虐殺の真偽を決定しない)のこととは正反対のことを主張しているから、それは違うだろうというのです。
「井家又一日記の真偽は即南京大虐殺の真偽を決定しない」は「繰り説明する必要がない」というのはトンチンカンな反応なのです。
これは メッセージ 39084 (nan*ka*no*ima さん)への返信です.