南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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重要な犯罪現場における目撃者の証言(3)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/24 07:32 投稿番号: [38441 / 41162]
もう一人、当時   南京に滞在した目撃者証言を   紹介しよう。
村瀬守保氏は、目黒輜重連隊兵站自動車第17中隊に所属し、
給部隊として   南京戦の後を   辿りながら、
貴重な戦場の   記録写真を、多数   撮影した人物だ。

南京事件否定派の東中野教授は『南京事件証拠写真を検証する』
という著書で、いくつかの写真を   「検証」   してみせたが、
はじめから南京虐殺とは関係ない写真ばかりを引き合いに出し、
「証拠とならない」   と言ってみせることで、事件の証拠はない
と思わせるトリックにすぎなかった。
その東中野教授が、「検証」しようとしない写真がある。

それは、村瀬守保氏が   撮影した写真だ。
村瀬氏の写真は   日時、場所、状況などが   はっきりしている。
こうした、信憑性の高い写真を   初めから   除いたうえで
「検証した」   というのは、まさに   詭弁だろう。
以下、『村瀬守保写真集   私の従軍中国戦線』から引用する。

  南京制圧
   第一線に近づくにつれて、部落を通過するたびに虐殺死体が
   目立ち始めました。   (略)土間にひく   アンペラを探して
   穴蔵のようになっている奥の部屋に踏み込むと、下半身裸の
   婦人が、下腹部を切り裂かれて、死んでいます。
   少し奥には、五〜六歳の子供が、うつぶせに死んでいました。
   プーンと、血生臭いにおいが、立ちこめています。 (略)
   このような虐殺死体は、随所に見られました。 婦人に暴行を
   加えて虐殺し、女性の性器に   棒を差し込んでおくような、
   残虐な事例も   何回か目にしました。

   南京の攻略が   大幅に遅れたので、第一線部隊の兵隊は、
   厳しい命令を受けて、目が血走っていました。
   小休止で一緒に休んだ時の話をきくと、「南京一番乗りは
   師団の至上命令だ。南京へいけば、女はいくらでもいるし、
   酒もある。速くいったものは、やりたいほうだい、何でも
   やれるぞ」   と上官からハッパをかけられているのです。
   (略)
  (17)大虐殺のうわさが…
   ようやく足止めが解除されて、ある日荷物受領に揚子江岸の
   下関埠頭へ行きました。   すると、広い河岸が一杯に死体で
   うまっているのです。   岸辺の泥に埋まって、幅十メートル
   位はあろうか、と思われる   死体の山でした。
   揚子江岸で大虐殺が行われたという   その現場でしょうか、
   軍服を着た者はほとんどなく、大部分が平服の、民間人で、
   婦人や子供も   交じっているようでした。
   死体に油をかけて、焼こうとしたため黒焦げになった死体も、
   数多くありました。   死臭で息もつけない中を、工兵部隊が
   死体を   沖に運んで   流す作業を   やっていましたが、
   こんなやり方では、一〜二ヵ月は   かかりそうでした。
  (写真キャプション)   虐殺されたのち   薪を積んで、
   油をかけられて   焼かれた死体。
   ほとんどが   平服の   民間人でした。

おそらく   南京虐殺否定派は、村瀬氏を   ウソつき、または
妄想家の類だと、決めつけるだろう。   あるいは、村瀬氏が
見たのは   兵士の死体であり、民間人というのは間違いだと
主張するものも   出てくるに   違いない。
しかし、当時の軍隊経験と   戦場体験を有する   氏の記述を
現場にいたことのない者が、妄想や間違だいと   断じるのは、
相当の根拠が   なければ、無理な話だ。
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