人食いの中国から南京事件を言われても
投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2012/01/03 16:20 投稿番号: [38170 / 41162]
日本人は「清朝」を支那人の国と誤解する人が多いが、真実は満州人・モンゴル人・チベット人の連合体の国で、その下に支那人がいた。
その後、清朝崩壊により、支那人が清朝から独立し、その後チベット・モンゴル・満州を侵略したのが今の中国であるので、チベット・モンゴル・満州の国々と中国・支那とは別の国であり、「中国は侵略国家」という主張は正しい。
ところで古来からの日本は、支那大陸の正統な政権と国交を結ばない期間が約1200年で、非公式な国交を結んだ期間が高々百数十年しかない訳ですが、これは日本人の英知・知恵を示すものでしょう。その理由は次のとおりです。
日本で有名な三国志(演義)では、「人食いを大変な美談」とする劉備の逸話などがあります。この他に支那では、親が病で倒れたら子供は自分の腿肉を切って親に食わせよと進めます。このように世界中で人食いを美談とするのは支那人・漢人だけです。
三国志だけでなく文科省推薦図書の水滸伝の日本語訳では、人食いが判らないように意図的に誤訳していますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語のオンパレードです。
支那人は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」子守唄のように聞いて育った人々です。このような支那人・漢人を理解できないし、理解したくもありません。
支那の諺として有名なものに「支那人・漢人は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、これは比喩ではなく事実であって、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。
昔の支那の食料市場では、人肉が売られていたことがマルコポーロの東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
このように学者は信用ならないという見本ですが、仏教の坊主は、人肉食いを知り尽くしているのに沈黙していますから、もっと悪質です。
ところで人肉の値段ですが、子供(不明)・女(1斤8銭)・男(1斤7銭)との記録がありますが、支那人が人間を「両脚羊」と呼んでいたそうで、マトンとラムを思い出します。
昔の漢方の本草拾遺や本草綱目には、人肉の薬効が記されていましたが、支那の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないでしょう。
当時の支那人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。あるいは薬効が確かめられるほど、組織的・体系的に人食いをしていたのでしょう。
さらにアフリカ等の大飢饉では、10分の1までの人口減少がないので飢饉では急激に人口は減少しない証拠と考えるしかないのですが、支那大陸では王朝交代の度に何度も人口が10分の1まで激減した。
支那の人口減少は恐らく、比較的美味しい子供と女とを先に食べる支那人の食文化が原因でしょう。
ところで今の中国は孔子を世界に広めていますが、孔子がいた頃の王は人食いが大好きでしたが、その孔子も「ししびしお」という塩辛・生ハムが大好物と言われます。
愛弟子が殺され「ししびしお」とされた時に、家にある「ししびしお」を全て捨てたと記録にありますから、その捨てた「ししびしお」は人肉に間違いないでしょうから、孔子も人肉が大好きだったのでしょう。
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も、馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね、、、、、笑い
その後、清朝崩壊により、支那人が清朝から独立し、その後チベット・モンゴル・満州を侵略したのが今の中国であるので、チベット・モンゴル・満州の国々と中国・支那とは別の国であり、「中国は侵略国家」という主張は正しい。
ところで古来からの日本は、支那大陸の正統な政権と国交を結ばない期間が約1200年で、非公式な国交を結んだ期間が高々百数十年しかない訳ですが、これは日本人の英知・知恵を示すものでしょう。その理由は次のとおりです。
日本で有名な三国志(演義)では、「人食いを大変な美談」とする劉備の逸話などがあります。この他に支那では、親が病で倒れたら子供は自分の腿肉を切って親に食わせよと進めます。このように世界中で人食いを美談とするのは支那人・漢人だけです。
三国志だけでなく文科省推薦図書の水滸伝の日本語訳では、人食いが判らないように意図的に誤訳していますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語のオンパレードです。
支那人は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」子守唄のように聞いて育った人々です。このような支那人・漢人を理解できないし、理解したくもありません。
支那の諺として有名なものに「支那人・漢人は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、これは比喩ではなく事実であって、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。
昔の支那の食料市場では、人肉が売られていたことがマルコポーロの東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
このように学者は信用ならないという見本ですが、仏教の坊主は、人肉食いを知り尽くしているのに沈黙していますから、もっと悪質です。
ところで人肉の値段ですが、子供(不明)・女(1斤8銭)・男(1斤7銭)との記録がありますが、支那人が人間を「両脚羊」と呼んでいたそうで、マトンとラムを思い出します。
昔の漢方の本草拾遺や本草綱目には、人肉の薬効が記されていましたが、支那の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないでしょう。
当時の支那人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。あるいは薬効が確かめられるほど、組織的・体系的に人食いをしていたのでしょう。
さらにアフリカ等の大飢饉では、10分の1までの人口減少がないので飢饉では急激に人口は減少しない証拠と考えるしかないのですが、支那大陸では王朝交代の度に何度も人口が10分の1まで激減した。
支那の人口減少は恐らく、比較的美味しい子供と女とを先に食べる支那人の食文化が原因でしょう。
ところで今の中国は孔子を世界に広めていますが、孔子がいた頃の王は人食いが大好きでしたが、その孔子も「ししびしお」という塩辛・生ハムが大好物と言われます。
愛弟子が殺され「ししびしお」とされた時に、家にある「ししびしお」を全て捨てたと記録にありますから、その捨てた「ししびしお」は人肉に間違いないでしょうから、孔子も人肉が大好きだったのでしょう。
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も、馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね、、、、、笑い
これは メッセージ 35028 (stmtr314stmtr さん)への返信です.