Re: 南京虐殺事件にみられる戦争の実相(2
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2011/11/17 23:31 投稿番号: [37422 / 41162]
>しかし、この指示は
まったく
守られなかった。
入城直後から
日本兵が難民区に侵入し、掠奪や強姦を繰り返した。
日本軍による強姦事件は約10件程度しかない。
掠奪事件も似たようなもの。
殺人事件はゼロ件。
逆に支那軍の撹乱工作隊が強姦や掠奪を盛んにして日本軍の仕業にしようとしていたことが確認されている。
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(1938年1月4日付)
「元支那軍将校が避難民の中に――大佐一味が白状、南京の犯罪を日本軍のせいに」
ニューヨーク・タイムズ
1月3日上海発
南京の金陵女子大学に、避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは、逃亡中の大佐一名とその部下の将校六名を匿っていたことを発見し、心底から当惑した。実のところ教授たちは、この大佐を避難民キャンプで二番目に権力ある地位につけていたのである。
この将校たちは、支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、それから女子大の建物に住んでいて発見された。彼らは大学の建物の中に、ライフル六丁とピストル五丁、砲台からはずした機関銃一丁に、弾薬をも隠していたが、それを日本軍の捜索隊に発見されて、自分たちのものであると自白した。
この元将校たちは、南京で掠奪したことを、ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことを、アメリカ人や他の外国人たちのいる前で自白した。
この将校たちは逮捕された。戒厳令に照らして罰せられ、恐らく処刑されるであろう。
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1938年1月25日付
チャイナ・プレス
(一部抜粋)
報告書によれば、支那軍の高級将校らが、職員が退去したあとの外国大使館などに隠れていた。12月28日までに、23人の支那軍将校、54人の下士官、1498人の兵士が、安全区内のさまざまな建物内から日本軍によって発見された。
これまでに発見されているそのような者の中には、南京保安隊長の王(ワン)・シンロンがおり、チェン・ミと名乗って国際安全区の第4分隊を指揮していた。また、前第88師の副師長の馬(マー)・ポーシャン中将や、南京警察の高官ミ・シンシもいた。
馬(マー)中将は、国際安全区内で反日撹乱工作の扇動を活発に行っており、国際安全区ではファン・アン大尉とライフル17丁も隠れていた。王シンロンと3人の元部下は掠奪、脅迫、強姦をしていた。
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大阪朝日新聞
1938年2月17日付
皇軍の名を騙り
南京で掠奪暴行
不逞支那人一味捕る
(本文略)
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これは メッセージ 37382 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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