元首相が慰安所設置に関与した資料・補足
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/11/17 00:05 投稿番号: [37417 / 41162]
防衛省防衛研究所戦史研究センターの史料室は
目黒区にある。
アクセスなど 詳しくは、同研究所のHPを 検索されたい。
閲覧できる文書は、一部を除いて コピーも可 となっている。
ただし、コピーが届くのに 3週間程度 かかることがある。
敗戦直後、軍の命令によって 多くの機密書類が 焼失したが、
それを免れた貴重な資料が 数多く収集され、保存されている。
旧軍関係資料を調査するうえで、何度か足を運ぶ必要があるが
新たな事実の発見や、既出資料の検証につながることも 多い。
ところで、前述した 中曽根元首相が慰安所の開設に積極的に
関与したことを示す 資料には、施設の配置図が含まれている。
当人は、記者の質問に対し、「碁を打つなど休息所の目的」で
設置したと語った慰安所だが、事務所や隊員宿舎の中ではなく、
営舎から最も離れた場所に 置かれている。
↓
http://fujihara.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2011/10/27/photo_9.jpg
慰安所は、その周りに 囲いが巡らされている。 一見すると、
数多くの 建物の中で、わざわざ 囲いを 設けているものは
医療班の施設と 慰安所だけのようだ。 宿舎から離れている
慰安所に行くには、司令部の前を 通っていかなければならず、
「碁を打ち」 に行くにも、ずいぶんと 不便なようだ。
元首相は07年3月の記者会見で、自ら設置した慰安所について
「工員の休憩と娯楽の施設を作ってほしいということだったので
作ってやった」 と語る一方で、慰安婦への軍の関与に関しては
「具体的なことは知らない」 と言葉を濁すに とどまった。
ただし、「日本として 謝罪すべき問題だ」 とも語っていた。
記者から 「ではその施設では何をしていたのか」 と問われ、
「碁を打っていた」 などと回答した。 この説明は当時から
信用されてはいなかったが、この発言を覆す証拠も 無かった。
今回の資料発見で、証言内容の信憑性が大きく揺らいでいるが、
報道に対して、本人は 現在のところ沈黙の姿勢であるらしい。
いまや唯一の昭和の宰相であり、軍隊経験のある政治家として、
国際的に注目されてきた慰安婦問題の真相解明にも責任がある
中曽根康弘元首相は、幸いにも 高齢ながら お元気のようだ。
新たな証拠が 出た以上は、自らが取り計らった 慰安所には、
何名の女性を、どのようにして 集めたのか などについて
具体的に、正直に 語っていただく 必要がある。
また、女性たちを どのように働かせたのか明らかにすべきだ。
まさか、「原住民の女を襲う」ほど欲望が溜まっていた兵たちの
碁や将棋の相手だけをしていた と言うのだろうか。
そんなことをさせていたら、むしろ 兵隊は“生殺し”状態で
風紀の乱れに 拍車がかかったことだろう。
実際に 慰安所開設のために 現地の女性たちを集めた事実が
防衛省が保管する 記録資料によって 明らかになった現在、
慰安所で「碁を打っていた」 というだけの説明は通用しない。
軍が自ら設置した 「慰安所」の実態を 明確にすべきだ。
アクセスなど 詳しくは、同研究所のHPを 検索されたい。
閲覧できる文書は、一部を除いて コピーも可 となっている。
ただし、コピーが届くのに 3週間程度 かかることがある。
敗戦直後、軍の命令によって 多くの機密書類が 焼失したが、
それを免れた貴重な資料が 数多く収集され、保存されている。
旧軍関係資料を調査するうえで、何度か足を運ぶ必要があるが
新たな事実の発見や、既出資料の検証につながることも 多い。
ところで、前述した 中曽根元首相が慰安所の開設に積極的に
関与したことを示す 資料には、施設の配置図が含まれている。
当人は、記者の質問に対し、「碁を打つなど休息所の目的」で
設置したと語った慰安所だが、事務所や隊員宿舎の中ではなく、
営舎から最も離れた場所に 置かれている。
↓
http://fujihara.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2011/10/27/photo_9.jpg
慰安所は、その周りに 囲いが巡らされている。 一見すると、
数多くの 建物の中で、わざわざ 囲いを 設けているものは
医療班の施設と 慰安所だけのようだ。 宿舎から離れている
慰安所に行くには、司令部の前を 通っていかなければならず、
「碁を打ち」 に行くにも、ずいぶんと 不便なようだ。
元首相は07年3月の記者会見で、自ら設置した慰安所について
「工員の休憩と娯楽の施設を作ってほしいということだったので
作ってやった」 と語る一方で、慰安婦への軍の関与に関しては
「具体的なことは知らない」 と言葉を濁すに とどまった。
ただし、「日本として 謝罪すべき問題だ」 とも語っていた。
記者から 「ではその施設では何をしていたのか」 と問われ、
「碁を打っていた」 などと回答した。 この説明は当時から
信用されてはいなかったが、この発言を覆す証拠も 無かった。
今回の資料発見で、証言内容の信憑性が大きく揺らいでいるが、
報道に対して、本人は 現在のところ沈黙の姿勢であるらしい。
いまや唯一の昭和の宰相であり、軍隊経験のある政治家として、
国際的に注目されてきた慰安婦問題の真相解明にも責任がある
中曽根康弘元首相は、幸いにも 高齢ながら お元気のようだ。
新たな証拠が 出た以上は、自らが取り計らった 慰安所には、
何名の女性を、どのようにして 集めたのか などについて
具体的に、正直に 語っていただく 必要がある。
また、女性たちを どのように働かせたのか明らかにすべきだ。
まさか、「原住民の女を襲う」ほど欲望が溜まっていた兵たちの
碁や将棋の相手だけをしていた と言うのだろうか。
そんなことをさせていたら、むしろ 兵隊は“生殺し”状態で
風紀の乱れに 拍車がかかったことだろう。
実際に 慰安所開設のために 現地の女性たちを集めた事実が
防衛省が保管する 記録資料によって 明らかになった現在、
慰安所で「碁を打っていた」 というだけの説明は通用しない。
軍が自ら設置した 「慰安所」の実態を 明確にすべきだ。
これは メッセージ 37416 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.