南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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元首相が慰安所設置に関与していた資料発見

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/11/17 00:01 投稿番号: [37416 / 41162]
最近、中曽根康弘元首相が   戦時中に慰安所設置に関わっていた
記録が   防衛省が所蔵している旧軍関係資料の中から   発見され、
戦争遺跡の調査や   保存に取り組んでいる市民団体が   発表した。
これは   「海軍航空基地第2設営班資料」   という記録資料で、
防衛省防衛研究所の   史料閲覧室で   確認されたものだ。

この資料は、第2施設隊工営長だった宮地米三氏(海軍技師)の
自筆を含めた資料をもとに   1962年に   防衛省(当時庁)が
まとめたもので、「第二設営班   矢部部隊」   の活動状況が
25頁にわたり   記録されている。   そこには、隊長、工営長、
軍区長とならんで   主計長として   中曽根康弘の   氏名がある。

資料には   班の編成や装備、活動内容とともに   バリクパパン
(インドネシア・ボルネオ島)で   飛行場の整備が   終わり、
「氣荒くなり日本人同志けんか等起る」   「主計長の取計で
土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果ありたり」
(原文のママ)   と記録されている。
さらに、民家を接収して   慰安所にした   地図などもある。

中曽根は   以前、『終りなき海軍』という本に   回顧録を寄稿し、
設営隊の主計長として   バリクパパンに上陸した当時を振り返り、
「三千人からの大部隊だ。   やがて、原住民の女を   襲うものや
バクチにふけるものも出てきた。   そんなかれらのために、私は
苦心して、慰安所をつくってやったこともある」   と記しており、
慰安所建設に   直接関与していた事実は   認めていた。

しかし、記者会見では   「慰安所は   軍人らが   碁を打つなど
休息所の目的で設置した」と、「慰安婦」を置く慰安所設置は
否定していた。
発見した市民団体は、「中曽根氏が現地の女性を集めて慰安所を
設置するよう計らったことは明らか」であり、「軍の関与を示す
重要な資料」である   としている。

資料によれば、
(1)軍自身が   慰安所建設に   積極的に   かかわった
(2)インドネシア人女性を集めて   慰安所を   つくった
(3)42年3月11日に   海軍基地内に慰安所が開設された
などの具体的な記述があり、慰安所の配置図も明らかになった。
防衛省の所蔵文書であり、本人の回顧禄の   記述に照らしても
整合性がとれており、確証の高い   一級資料に間違いない。

記録には、「氣荒くなり日本人同志けんか等起る」   とあり、
中曽根の回顧にも「原住民の女を襲うものやバクチにふける」
者も出てきたとあることから、基地内の風紀の乱れの深刻化、
兵士の非行増加が、慰安所設置の必要性を   高めたのだ。

これより以前に、中国戦線でも   現地で性病に感染する兵隊が
戦力低下が懸念されるほどに増大し、対策として軍が慰安所の
整備に関与した事実が確認されているが、海軍基地でも同様に
兵の欲望を満たす必要に迫られていた実態が   表されている。

「三千人からの大部隊」の「慰安」のため、どれほどの人数の
現地女性を、どんな手法でかき集め、どのように働かせたのか。
中曽根元首相は   自ら真実を明らかに   するとともに、政府は
さらなる調査を   すべきだろう。
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