Re: アメリ在南京副領事証言
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/07/13 15:05 投稿番号: [36400 / 41162]
十二月十日後の主な報告
南京の陥落を前にして、中国軍と市民の脱出は引きも切らなかった。人口のおよそ五分の四が市を脱出し、主要な部隊は武器・装備もろとも撤退していった。南京市の防衛は、わずかに五万人の兵士に任されていた。さらに、このうちのかなりの兵士が、南京陥落後に北門、西門、および城壁を越えようとしたり、また退却中に日本軍と戦いながらの逃走を試みた。中国軍は軍事上の必要から、障害物などを除去するため、城外の広い範囲に放火した。しかし、退却中の中国兵による城内での放火・破壊・略奪等はほとんどなかった、とアメリカ人らは強調した。
スミスによる記事
間もなく退却が始まった江辺に出る幹線道路中山路は退却軍と馬匹でぎっしり一杯になりそれが周章てるものだから道々ボトボトと備品、手榴弾、銃、弾薬、毛布等を落として行く、日本軍飛行機は支那軍の退却を認めるや之に掃射を浴びせかけて大混乱に陥れた、支那軍の或者は武器を携帯、秩序整然として退却した者もあるが、又一方には只逃げたい一心で身についた物全部をかなぐり捨ててしまった者も多数あった、午後十時になると江岸への道路中山路に沿う交通部の付近支那家屋から火を発した、ここには弾薬が置いてあったものだから、その爆発火焔は物凄く車類は一切交通できない、その為道の反対側は押し合いへし合いの有様となり、火が車や木材、銃、自転車、人力車に飛び火して惨惨たる光景を呈した、よって支那軍は全部徒歩で車がやっと通れる位開いている下関門へ赴いたが、此にも既に一杯の車が集まっておりそれに火が付いた為混乱の為踏殺された支那兵が多数出た。
↑内容が全然違うよね、脳無し君。
これは メッセージ 36397 (shoujouji さん)への返信です.
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