現地調達2
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/06/11 19:03 投稿番号: [36129 / 41162]
★牧原日記
(12月4日)「徴発隊は雛、白菜等を持って帰り家の豚も殺して昼飯は肉汁である」
(12月16日)「豚一頭を殺して早速料理して食う。鍋の徴発には如何にも困った。苦労した」
(青木書店「京都師団関係資料集」P-139、150)
★大寺隆陣中日記
(12月16日)「徴発隊として午前7時20分整列。7時に起きたので泡を食って出ていく。
途中道を間違えて半道ばかり反対の方向に行く。豚や米、芋の類、徴発する物資たくさんあり、
徴発容易。午後2時半東流鎮につく。龍廟鎮から約四里、町に着き宿舎を決めると徴発に忙し、
部隊の着くまでに徴発を終える。米、豆腐、小豆、砂糖、豚、芋、カマ、野菜など、部隊も
またいろいろ徴発してきた。分隊では豚、野菜、米、鶏、芋などを徴発してきたので、今晩は
相当に馳走があった。(大月書店「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち」」P-197)
★宮本省吾陣中日記
(12月7日)「午後五時、常州東方2㎞の村落に露営す。給養は徴発による。豚、鳥、
チャンチーの御馳走にて満腹となす」(同上P-132)
★斉藤次郎陣中日記
(11月19日)「・・・午後から自分と佐藤忠恵君が残つたきり小行李全部徴発に出る。
鶏や鴨を捕へて来る、支那酒も一瓶持つ来た、お陰で今夜は皆が大はしゃぎ、戦地に
来た気分が少しも見えない」(同上P-26)
(12月4日)「・・・水飴や小豆などを徴発して来て砂糖小豆などして間食をする」(同上P-32)
★宮本省吾陣中日記
(12月12日)「本日は出発を見合わせ滞在と決定す、早朝より徴発に出掛ける、前日と違ひ
すばらしい獲物あり、そうめん、あづき、酒、砂糖、鶏、豚、皿、ランプ、炭あらゆる
物あり正月盆同時に来た様にて兵隊は嬉しくて堪らず、晩にはぼた餅の御馳走にて陣中
しかも第一線とは思はれぬ朗らかさである」(同上P-133)
★柳沼和也陣中日記
(12月11日)「・・・・朝皆んながサイダーを徴発して来た。だが十一時に出発となったので、
兵はこぼしこぼし出発する」(同上P-166)
これらの陣中日記には、「住民の虐殺強姦」などは書いてない。「略奪した」とさえ
書いてない。現地で調達したうまいものを食って喜んでいるという話だ。これなら
上官に読まれても全然OKだろう。それでも、馬鹿ウヨに言わせればこれらは戦後に
捏造された日記ということになる。何しろ馬鹿ウヨは、日本軍は十分な補給をもち、
村に立ち寄ることなど一切せずにひたすら進撃を続けたと主張しているわけだからな(大藁
(12月4日)「徴発隊は雛、白菜等を持って帰り家の豚も殺して昼飯は肉汁である」
(12月16日)「豚一頭を殺して早速料理して食う。鍋の徴発には如何にも困った。苦労した」
(青木書店「京都師団関係資料集」P-139、150)
★大寺隆陣中日記
(12月16日)「徴発隊として午前7時20分整列。7時に起きたので泡を食って出ていく。
途中道を間違えて半道ばかり反対の方向に行く。豚や米、芋の類、徴発する物資たくさんあり、
徴発容易。午後2時半東流鎮につく。龍廟鎮から約四里、町に着き宿舎を決めると徴発に忙し、
部隊の着くまでに徴発を終える。米、豆腐、小豆、砂糖、豚、芋、カマ、野菜など、部隊も
またいろいろ徴発してきた。分隊では豚、野菜、米、鶏、芋などを徴発してきたので、今晩は
相当に馳走があった。(大月書店「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち」」P-197)
★宮本省吾陣中日記
(12月7日)「午後五時、常州東方2㎞の村落に露営す。給養は徴発による。豚、鳥、
チャンチーの御馳走にて満腹となす」(同上P-132)
★斉藤次郎陣中日記
(11月19日)「・・・午後から自分と佐藤忠恵君が残つたきり小行李全部徴発に出る。
鶏や鴨を捕へて来る、支那酒も一瓶持つ来た、お陰で今夜は皆が大はしゃぎ、戦地に
来た気分が少しも見えない」(同上P-26)
(12月4日)「・・・水飴や小豆などを徴発して来て砂糖小豆などして間食をする」(同上P-32)
★宮本省吾陣中日記
(12月12日)「本日は出発を見合わせ滞在と決定す、早朝より徴発に出掛ける、前日と違ひ
すばらしい獲物あり、そうめん、あづき、酒、砂糖、鶏、豚、皿、ランプ、炭あらゆる
物あり正月盆同時に来た様にて兵隊は嬉しくて堪らず、晩にはぼた餅の御馳走にて陣中
しかも第一線とは思はれぬ朗らかさである」(同上P-133)
★柳沼和也陣中日記
(12月11日)「・・・・朝皆んながサイダーを徴発して来た。だが十一時に出発となったので、
兵はこぼしこぼし出発する」(同上P-166)
これらの陣中日記には、「住民の虐殺強姦」などは書いてない。「略奪した」とさえ
書いてない。現地で調達したうまいものを食って喜んでいるという話だ。これなら
上官に読まれても全然OKだろう。それでも、馬鹿ウヨに言わせればこれらは戦後に
捏造された日記ということになる。何しろ馬鹿ウヨは、日本軍は十分な補給をもち、
村に立ち寄ることなど一切せずにひたすら進撃を続けたと主張しているわけだからな(大藁
これは メッセージ 36128 (shoujouji さん)への返信です.