通州事件 1937年7月29日
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2010/08/02 21:36 投稿番号: [33636 / 41162]
7月29日は通州事件の日
支那保安隊が南京政府のデマ放送に騙され支那軍に寝返るために日本人居留民約260人を大虐殺
嘘っぱちのでっち上げ「南京事件」を教科書から削除し悪獣も及ばぬ猟奇の惨殺劇「通州事件」を教科書に記述しろ
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3924.html
(一部抜粋)
7月29日は、「通州事件」の日だ。
私は、悪獣も及ばぬ猟奇の惨殺劇「通州事件」を日本の教科書に記述して、支那人の残虐性を日本の子供たちに教えておくべきだと考えている。
1937年7月29日、支那の保安隊が日本人居留民約260人を大虐殺した。
犯人は、支那の国民党軍でも共産党軍でもなく、事件前までは親日的だった「冀東防共自治政府」の保安隊だった。
しかし、支那保安隊が日本人居留民を大虐殺した最大の原因が支那国民党の南京政府の御用放送局(南京放送)によるデマ放送であり、保安隊が国民党軍(支那軍)に寝返るための日本人大虐殺だったので、支那軍による大虐殺といって良い。
(中略)
通州事件では当時日本の外務省が公式声明を発しており、東京裁判で弁護団は通州事件に関する外務省公式声明を証拠として提出しようとしたが、ウェッブ裁判長が却下。
ただ、通州事件の目撃者3人の宣誓口供書は受理された。
その宣誓口供書の一部は次の通り。
――――
「守備隊の東門を出ると、数間ごとに居留民男女の死体が横たわっていた。
某飲食店では、一家ことごとく首と両手を切断され、婦人は14、5歳以上は全部強姦されていた。
旭軒という飲食店に入ると、7、8名の女が全部裸体にされ、強姦射殺され、陰部にほうきを押しこんであるある者、口中に砂を入れてある者、腹部を縦に断ち割ってある者など見るに耐えなかった。
東門の近くの池では、首を電線で縛り、両手を合せて、それに八番線を通し、一家6人数珠つなぎにして引き廻した形跡歴然たる死体が浮かんで居り、池の水は真っ赤になっていた。
夜半まで生存者の収容に当たり、『日本人はいないか』と叫んで各戸ごとに調査すると、鼻に牛の如く針金を通された子供、片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦などが、そこそこの塵箱の中やら塀の蔭から出て来た」
支那駐屯歩兵第2連隊小隊長として7月30日、連隊主力と共に救援に赴いた桜井文雄証人
――――
(中略)
●通州事件
1.日本人犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書 ×なし
3.政府の認識 ○あり
(外務省の公式声明など○)
●南京大虐殺事件
1.犠牲者の名簿 ×なし
(日本も×、蒋介石政府も×、汪兆銘政府も×、南京安全区国際委員会も×、南京市民も×、誰も作成せず)
2.命令書その他公式文書 ×なし
3.政府の認識 ×なし
(当時、日本にも×、何応欽にも×、蒋介石にも×、毛沢東にも×、国際連盟にも×、事件の認識×なし)
(以下省略。関心のある方で更なる詳細をお知りになりたい方はブログをご覧下さい。)
支那保安隊が南京政府のデマ放送に騙され支那軍に寝返るために日本人居留民約260人を大虐殺
嘘っぱちのでっち上げ「南京事件」を教科書から削除し悪獣も及ばぬ猟奇の惨殺劇「通州事件」を教科書に記述しろ
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-3924.html
(一部抜粋)
7月29日は、「通州事件」の日だ。
私は、悪獣も及ばぬ猟奇の惨殺劇「通州事件」を日本の教科書に記述して、支那人の残虐性を日本の子供たちに教えておくべきだと考えている。
1937年7月29日、支那の保安隊が日本人居留民約260人を大虐殺した。
犯人は、支那の国民党軍でも共産党軍でもなく、事件前までは親日的だった「冀東防共自治政府」の保安隊だった。
しかし、支那保安隊が日本人居留民を大虐殺した最大の原因が支那国民党の南京政府の御用放送局(南京放送)によるデマ放送であり、保安隊が国民党軍(支那軍)に寝返るための日本人大虐殺だったので、支那軍による大虐殺といって良い。
(中略)
通州事件では当時日本の外務省が公式声明を発しており、東京裁判で弁護団は通州事件に関する外務省公式声明を証拠として提出しようとしたが、ウェッブ裁判長が却下。
ただ、通州事件の目撃者3人の宣誓口供書は受理された。
その宣誓口供書の一部は次の通り。
――――
「守備隊の東門を出ると、数間ごとに居留民男女の死体が横たわっていた。
某飲食店では、一家ことごとく首と両手を切断され、婦人は14、5歳以上は全部強姦されていた。
旭軒という飲食店に入ると、7、8名の女が全部裸体にされ、強姦射殺され、陰部にほうきを押しこんであるある者、口中に砂を入れてある者、腹部を縦に断ち割ってある者など見るに耐えなかった。
東門の近くの池では、首を電線で縛り、両手を合せて、それに八番線を通し、一家6人数珠つなぎにして引き廻した形跡歴然たる死体が浮かんで居り、池の水は真っ赤になっていた。
夜半まで生存者の収容に当たり、『日本人はいないか』と叫んで各戸ごとに調査すると、鼻に牛の如く針金を通された子供、片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦などが、そこそこの塵箱の中やら塀の蔭から出て来た」
支那駐屯歩兵第2連隊小隊長として7月30日、連隊主力と共に救援に赴いた桜井文雄証人
――――
(中略)
●通州事件
1.日本人犠牲者の名簿 ○あり
2.命令書 ×なし
3.政府の認識 ○あり
(外務省の公式声明など○)
●南京大虐殺事件
1.犠牲者の名簿 ×なし
(日本も×、蒋介石政府も×、汪兆銘政府も×、南京安全区国際委員会も×、南京市民も×、誰も作成せず)
2.命令書その他公式文書 ×なし
3.政府の認識 ×なし
(当時、日本にも×、何応欽にも×、蒋介石にも×、毛沢東にも×、国際連盟にも×、事件の認識×なし)
(以下省略。関心のある方で更なる詳細をお知りになりたい方はブログをご覧下さい。)