Re: 日常生活の質に影響しない英語
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2010/05/10 00:44 投稿番号: [33336 / 41162]
(つづき)
≪日本語教育の実効性あげよ≫
私は学生時代に日本語について学んだが、中世日本文学の研究をする際に、中世の日本に渡来してきていたポルトガル人の作った「日葡(にっぽ)辞書」が使われていることを知って驚いたものだ。中世・近世時代に日本へやって来た外国人たちの多くは、キリスト教を布教することが目的であっただろう。布教目的で世界各地へ散らばった宣教師たちの「努力」によって、多くの民族や国が、母国語の代わりにポルトガル語やスペイン語を公用語として使うようになり、それは現在にまで生き続けている。しかし、日本では日本語が他国語によって駆逐されることはなかった。「日葡辞書」を作ったポルトガル人宣教師たちも、最初はポルトガル語かラテン語で日本人を教化しようと企てていただろう。だが、そうせずに、自分たちの方が日本語を学び、日本語によって布教をした方が「効率的」であると考えたのは、日本語が「神」や「信仰」「隣人愛」などといった高等な抽象概念を理解することに不足の無い高度な言語であることを発見したからではないかと思われる。
現代においても、日本語は感性に訴える必要のある外国文学やドラマ・映画においても、最先端の科学技術や哲学思想においても、万能の表現能力と造語力を有している。また、外国語をこなれた日本語に翻訳できる優秀な翻訳家を途切れることなく輩出しているため、日本語をすっかり捨て、外国語を使わなければ発展的な学習ができないという事態は、ここ千数百年ほどの間には生じていないはずだ。
以上の検証から、日本の公立小学校における「英語の必修化」は、その緊急の必要性も実効性も乏しいと結論づけざるを得ない。本当は誰も真面目に考えていない英語教育にエネルギーを費やすよりは、日本語による教育の実効性を最大限に上げる方法こそ、文部科学省は真剣に考えるべきである。もしくは、外国に「日本語学校」を数多く創設し、日本語を国際語に育て上げることに知恵とエネルギーを注いだ方が、日本への留学生や質の良い移入労働者が増えて国益に適うのではないかと、私は真面目に考えている。
これは メッセージ 33335 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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