南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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フィリピン独立の真相

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/09/11 21:11 投稿番号: [2989 / 41162]
人物探訪:リカルテ将軍
〜フィリピン独立に捧げた80年の生涯
わしはフィリピンに星条旗がひるがえっているかぎり、その星条旗の下に帰ろうとは思わない。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog156.html

(一部抜粋)
昭和15(1940)年、ケソン大統領は訪米の帰途、横浜に立ち寄り、自らリカルテを訪ねて、帰国を求めた。リカルテはこう答えた。

「わしはフィリピンに星条旗がひるがえっているかぎり、その星条旗の下に帰ろうとは思わない。わしが祖国に帰る日は、祖国が完全に独立し、むかしわれわれが立てたあの革命旗が、堂々とだれはばかることなく立てられる日だ。」

その翌年、大東亜戦争が勃発し、リカルテは参謀本部の要請を受け、占領後の独立の約束をとりつけた後、75歳の老躯を駆って祖国に戻った。群衆は歓呼してリカルテ将軍を迎えた。

1943(昭和18)年10月14日、日本軍の軍政が撤廃され、正式に「フィリピン共和国」として独立の日を迎えた。対スペイン独立戦争時から愛唱されてきた歌を国歌として制定し、その演奏とともに、アギナルドとリカルテが革命旗をもとにデザインされた国旗を掲げた。(これらの国号、国旗、国歌は現在まで引き継がれて、この時に就任したラウレル大統領は、現在でも第2共和国の大統領として、マラカニアン宮殿に歴代大統領と並んで肖像画が飾られている。)

米国の反撃が始まると、山下奉文大将はリカルテ将軍に日本への再亡命を勧めたが、将軍は「わしは最後の一人となるとも、アメリカと戦うつもりだ。わしの80年の生涯は、ただこのためにあった。」と断った。
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