Re: 南京の真実
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/09/11 07:05 投稿番号: [28975 / 41162]
上海十二月二十二日発
ニューヨーク・タイムズ宛航空便
中国軍、焼き払いの狂宴
日本軍が句容を通過し、さらに進撃したことは、中国軍に放火の合図を送ったことになった。これは城壁周辺での抵抗の最後の準備であったことは明らかだ。
中国の
「ウエスト・ポイント」
である湯山には、砲兵学校、歩兵学校、蒋総統の臨時の夏季司令部が置かれていたが、ここから一五マイル先の南京にかけての地方は、ほとんどの建物に火がつけられた。村ごとそっくり焼き払われたのである。中山陵公園にある兵舎と官舎、近代科学兵器学枚、農事研究実験所、警察訓練学校、その他多数の施設が灰燼に帰した。焼き払いのたいまつは南門周辺や下関でも使われた。これらの地区は、そこだけで小さな町をなしていた。
中国軍の放火による財産破壊を計算すると、簡単に二千万、三千万ドルを数えることができるが、これは日本軍の南京攻略に先駆けて、数ヵ月間にわたって行われた南京空襲の被害より大きい。しかし、おそらくこれは、南京攻撃中の爆撃の被害や市占領後における日本軍部隊による被害に匹敵するだろう。
中国軍部は、市周辺全域の焼き払いは軍事上の必要からだと常に説明していた。城壁周辺での決戦において、日本軍に利用されそうなあらゆる障害物、援護物、設備はすべて破壊することが肝要であるというのだ。このため、建物だけでなく、樹木、竹薮、下草までが一掃された。
中立的立場の者からみると、この焼き払いは大部分が、中国のもう一つの「大げさな宣伝行為」であり、怒りと欲求不満のはけぐちであったようだ。中国軍が失い、日本軍が利用するかもしれないと思われるものは、ことごとく破壊したいという欲望の結果であり、極端な「焦土」政策は、日本軍に占領される中国軍の地域は、役にたたない焼け跡だけにしておきたいということである。
これは メッセージ 28971 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/28975.html