南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 731部隊の細菌戦 - 裁判記録

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/09/07 09:22 投稿番号: [28903 / 41162]
東京地裁;裁判で初めて731部隊の存在を認める(02年8月27日)

判決文抜粋

3)そこで、上記(2)の前段の判断基準に基づき本件における国会の立法不作為の違法の有無を検討することとするが、その前提として、必要な範囲で、原告らの主張する本件細菌戦の事実の有無についてみておくこととする。

ア   この点については原告らが立証活動をしたのみで、被告は全く何の立証 (反証)活動もしなかったので、本件において事実を認定するにはその点の制約ないし問題がある。また、本件の事実関係は、多方面岩たる複雑な歴史的事実にかかるものであり、歴史の審判に耐え得る詳細な事実の確定は、最終的には、無制限の資料に基づく歴史学、医学、疫学、文化人類学等の関係諸科学による学問的な考察と議論に待つほかはない。

しかし、そのような制約ないし問題があることを認識しつつ、当裁判所として本件の各証拠を検討すれば、少なくとも次のような事実は存在したと認定することができると考える(認定に供した証拠は、書く認定事実の末尾に記載する。)。

(ア)731部隊の前進は、昭和11年(1936年)に編成された関東軍防疫部であり、これが昭和15年(1940年)に関東軍防疫給水部に改編され、やがて731部隊の名で呼ばれるようになった。同部隊は、昭和13年(1938年)ころ以降中国東北部のハルビン郊外の平房に広大な施設を建設してここに本部を置き、最盛期には他に支部を有していた。

同部隊の主たる目的は、細菌兵器の研究、開発、製造であり、これらは平房の本部で行われていた。また、中国各地から抗日運動の関係者等が731部隊に送り込まれ、同部隊の細菌兵器の研究、開発の過程においてこれらの人々に各種の人体実験を行った。

  中国各地には他にも同様な部隊が置かれたが、その中で有力な部隊が南京に置かれていた中支那防疫給水部(「栄1644部隊」又は「1644部隊」)である。(甲1、2、3、18、25、27、33、54、76、77、82、85、86、88、91、99の1・2、105の1、証人篠塚良雄、証人松本正一、証人辛培林、証人吉見義明、証人松村高夫)

(イ)1940年(昭和15年)から1942年(昭和17年)にかけて、 731部隊や1644部隊等によって、次のa, f, g, h のとおり中国各地に対し細菌兵器の実践使用(細菌戦)が行われた。

a   衢県(衢州)
(a)1940年(昭和15年)10月4日午前、日本軍機が衢県上空に飛来し、小麦、大豆、粟、ふすま、布きれ、綿花などとともにペスト感染ノミ(小袋に入ったものもあった。)を空中から散布した。当日午後には、県知事の指示で、住民を総動員して散乱している投下物の収集・焼却が行われた。

(b)10月10日以降、上記の投下物のあった地域で病死者が出始め(ただし、その病気がペストかどうかは確認されていない。)、同じころからネズミの死体が続々と発見されるようになった。11月12日にペスト患者が多発した。

  衢県で11月12日以降に発生したペストは、日本軍機が投下したペスト感染ノミがネズミにペストを流行させ、これがヒトに感染したものと考えるのが合理的である。

(c)1940年(昭和15年)末までに当局に報告されたペストによる死者は24人であった。しかし、ペスト患者は、家族がこれを秘匿したり、隔離されることなどを恐れて逃亡するようなこともあって、病死者の実数はこれを上回るものとみられる。なお、証人邱明軒は、衢州細菌戦の被害者が1501人に上るとしている。

  また、衢県でのペストは、次のbからeまでのようにその周辺の地域にも伝播し、大きな犠牲をもたらした。(甲2、88、91、99の1・2、105の1、283の1・2、証人松本正一、証人吉見義明、証人邱明軒、原告呉世根)

b   義烏
  (a)1941年(昭和16年)9月、衢県に流行していたペストに感染した鉄道員が義烏に戻って発病し、これをきっかけに義烏においてペストが流行した。

  (b)ペストは、義烏からさらに周辺の農村へ伝播していったが、原告陳知法ら現地の被害調査会の調査によれば、義烏市街地におけるペストによる死亡者は309人に上るとされる。
(甲77、89、98の1・2、証人邱明軒、原告陳知法)

c   東陽
  (a)1941年(昭和16年)10月、義烏で流行していたペストが東陽県に伝播し、同所で流行した。
  (b)原告郭飛龍によれば、同原告の住む歌山鎮では40人以上がペストで死亡したとされる。
(甲77、98の1・2、353の1・2、証人邱明軒)

(続く)
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