Re: 米兵捕虜虐殺
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2009/03/11 18:19 投稿番号: [27958 / 41162]
フェル・レポート:731部隊調査報告書−−−−−−−−−−−−−
下記は、アメリカから派遣されたノバート・H・フェルが731部隊関係者の尋問を基にして作成した調査報告書であり、アメリカが日本軍の人体実験について調査した最初の報告書である。アメリカが日本軍の人体実験の調査に乗り出したのは、ソ連が石井四郎(731部隊長)、菊池斉(第一部細菌研究部長)、太田澄(第二部実践研究部長)の3人の尋問を要求したことがきっかけであったという。ソ連は抑留した川島清(731部隊第四部細菌製造部長)と柄沢十三夫(同部第一班細菌製造班班長)から731部隊の情報を得て、3人の尋問を要求したのである。ところが、アメリカは独自に調査をし、731部隊関係者の戦犯免責と引きかえに、その研究成果を独占入手したのである。下記はその第3次の調査報告書であり「フェル・レポート」といわれるものである。この調査報告書は、参謀本部作戦課員井本熊男「業務日誌」(防衛研究所に23冊あり、現在は閲覧禁止になっているという)や中国戦犯管理所における関係者の自筆供述書、またハバロフスク軍事裁判公判書類等とともに、731部隊細菌戦にかかわる重要文書の一つである。「論争731部隊」松村高夫編(晩聲社)よりその一部を抜粋する。
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フェル・レポート(「総論」)
主題:日本の細菌戦活動に関する新情報の要約
宛先:化学戦部隊部隊長
経由:技術部長、キャンプ・デトリック
司令官、キャンプ・デトリック
発信:PP─E部門主任、キャンプ・デトリック
1 1947年2月中に、極東軍のG─穸から、日本の細菌戦活動に関する新しいデータが入手可能だろうとの情報を得た。その情報は主として日本の細菌戦組織(防疫給水部)のさまざまな旧隊員たちから極東軍最高司令官宛に送られた多数の匿名の手紙にもとづいている。それは満州の平房にあった細菌戦部隊本部における人間に対して行われた各種の実験について記述していた。G─穸はこの情報が十分信頼できるので、集められた情報に評価を下すため、キャンプ・デトリックの使節を現場に派遣するという要請を正当化できると考えた。
2 筆者は1947年4月6日付の命令にもとづき極東軍総司令部のG─穸との一時的任務のため、日本の東京に到着した。筆者は4月16日に到着するや、集められたファイルを吟味した結果、その情報は日本の旧細菌戦組織の指導的隊員たちを再尋問することを正当化するのに十分なほど信頼できそうだとするG─穸の代表たちの意見に同意した。次々に幸運に恵まれた状況にあったことや、一人の有力な日本人政治家(彼は合衆国に対して全面的に協力することを真摯に望んでいるようである)の助力が得られたこともあって、最終的には細菌戦に従事してきた日本人の重要な医学者に全ての事実を明らかにすることに同意させることができた。得られた結果は次のようなものである。
A 細菌戦計画における重要人物のなかの19人(重要な地位に就いていた数人は死亡している)が集ま
り、人間に対してなされた細菌戦活動について60ページの英文レポートをほぼ1ヶ月かけて作成し
た。このレポートは主として記憶にもとづいて作成されたが、若干の記録はなお入手可能であり、これ
がそのグループには役立った。このレポートの多岐にわたる詳細な記述は後述する。
B 穀物絶滅も大規模な実験が行われていたことが判明した。この研究に携わっていたグループは小規模
で、植物学者と植物生理学者が各1名と少数の助手たちから成っていた。しかし研究は9年間にわたり
活発に行われた。その植物学者は非常に協力的であり、結局植物の病気に関する研究について10ペー
ジの英文レポートを提出した。成長ホルモンの研究は行われていなかったが、植物の病原体は広範囲に
研究されていた。キャンプ・デトリックでなされるこの双方の研究とも日本人が行っていたものであ
り、加えてその他多くのことも注目されていた。菌類、細菌そして線虫類に関しては、とくに満州およ
びシベリアで成育する穀類と野菜については実際に全種類についてそれらの影響を調べている。
下記は、アメリカから派遣されたノバート・H・フェルが731部隊関係者の尋問を基にして作成した調査報告書であり、アメリカが日本軍の人体実験について調査した最初の報告書である。アメリカが日本軍の人体実験の調査に乗り出したのは、ソ連が石井四郎(731部隊長)、菊池斉(第一部細菌研究部長)、太田澄(第二部実践研究部長)の3人の尋問を要求したことがきっかけであったという。ソ連は抑留した川島清(731部隊第四部細菌製造部長)と柄沢十三夫(同部第一班細菌製造班班長)から731部隊の情報を得て、3人の尋問を要求したのである。ところが、アメリカは独自に調査をし、731部隊関係者の戦犯免責と引きかえに、その研究成果を独占入手したのである。下記はその第3次の調査報告書であり「フェル・レポート」といわれるものである。この調査報告書は、参謀本部作戦課員井本熊男「業務日誌」(防衛研究所に23冊あり、現在は閲覧禁止になっているという)や中国戦犯管理所における関係者の自筆供述書、またハバロフスク軍事裁判公判書類等とともに、731部隊細菌戦にかかわる重要文書の一つである。「論争731部隊」松村高夫編(晩聲社)よりその一部を抜粋する。
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フェル・レポート(「総論」)
主題:日本の細菌戦活動に関する新情報の要約
宛先:化学戦部隊部隊長
経由:技術部長、キャンプ・デトリック
司令官、キャンプ・デトリック
発信:PP─E部門主任、キャンプ・デトリック
1 1947年2月中に、極東軍のG─穸から、日本の細菌戦活動に関する新しいデータが入手可能だろうとの情報を得た。その情報は主として日本の細菌戦組織(防疫給水部)のさまざまな旧隊員たちから極東軍最高司令官宛に送られた多数の匿名の手紙にもとづいている。それは満州の平房にあった細菌戦部隊本部における人間に対して行われた各種の実験について記述していた。G─穸はこの情報が十分信頼できるので、集められた情報に評価を下すため、キャンプ・デトリックの使節を現場に派遣するという要請を正当化できると考えた。
2 筆者は1947年4月6日付の命令にもとづき極東軍総司令部のG─穸との一時的任務のため、日本の東京に到着した。筆者は4月16日に到着するや、集められたファイルを吟味した結果、その情報は日本の旧細菌戦組織の指導的隊員たちを再尋問することを正当化するのに十分なほど信頼できそうだとするG─穸の代表たちの意見に同意した。次々に幸運に恵まれた状況にあったことや、一人の有力な日本人政治家(彼は合衆国に対して全面的に協力することを真摯に望んでいるようである)の助力が得られたこともあって、最終的には細菌戦に従事してきた日本人の重要な医学者に全ての事実を明らかにすることに同意させることができた。得られた結果は次のようなものである。
A 細菌戦計画における重要人物のなかの19人(重要な地位に就いていた数人は死亡している)が集ま
り、人間に対してなされた細菌戦活動について60ページの英文レポートをほぼ1ヶ月かけて作成し
た。このレポートは主として記憶にもとづいて作成されたが、若干の記録はなお入手可能であり、これ
がそのグループには役立った。このレポートの多岐にわたる詳細な記述は後述する。
B 穀物絶滅も大規模な実験が行われていたことが判明した。この研究に携わっていたグループは小規模
で、植物学者と植物生理学者が各1名と少数の助手たちから成っていた。しかし研究は9年間にわたり
活発に行われた。その植物学者は非常に協力的であり、結局植物の病気に関する研究について10ペー
ジの英文レポートを提出した。成長ホルモンの研究は行われていなかったが、植物の病原体は広範囲に
研究されていた。キャンプ・デトリックでなされるこの双方の研究とも日本人が行っていたものであ
り、加えてその他多くのことも注目されていた。菌類、細菌そして線虫類に関しては、とくに満州およ
びシベリアで成育する穀類と野菜については実際に全種類についてそれらの影響を調べている。
これは メッセージ 27956 (shoujouji さん)への返信です.