南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 国民党軍に売られた日本兵

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/02/06 08:38 投稿番号: [27392 / 41162]
こういう方、あるいは終戦後、軍の規律というものが戦前とやはり違いまして、一部に飛び出してこられた方もある。そういうような日本人の勧誘と、それから中国人と一緒になっての勧誘が行われておったわけでございます。十一月ごろからこれが盛んになりまして、十二月末になりまして、軍の帰還の状況がさっぱりわかりません。閻錫山に聞きましても、たまに一列車、二列車と居留民をまず帰すだけのことで、そのほかは出してくれず、計画等も、まあゆっくりしろ、早く帰ったってしょうがないではないか、海が詰まっているのだから、こういう話でもって、さっぱり計画がわかりませんので、北京に連絡に行きたいと思って頼みましたが、その名義ではどうしても許してくれません。残留者について、一体方面軍がどういう考えを持っておるか、それも聞きたいということを申しましたら、それならばやろうといって、人を一人つけて私を北京まで送ってくれました。そこで、北京の方面軍司令官に会いまして、輸送のことを聞きましたところが、輸送の状況はさっぱりわからない。それから米軍に参りまして聞きましたが、米軍の方もまだわからない、そのうち早くやるからというお話でございました。残留の問題につきましては、これは米軍司令官としてもまことに迷惑な話で、その権限がないのでございます。中国側が残留させてよろしいという命令を出したものですから、権限がないのでございますが、私はこの残留者の多数というものが、一体国際関係にどう影響するか、ことに米ソの関係がありましたので、その関係を見て、あとで国際問題の起るようなことがあったならば、残られた方に不利だ、こう思いまして、その点を聞きましたら、まあ千五百人ぐらいだけであったら大したことはないだろう、これももとよりまとまった御意見とか、責任ある御意見とかいうわけでなく、御自分の考えだけであったろうと思います。それぐらいまでのところなら、大した問題はないだろうということを帰って報告をいたしました。一時その後非常にふえまして、一万人に達するような状態になったという話も聞きましたが、その後全員帰還させよという命令がまた来まして、またこれを伝えまして、それによって残られた方が結局二千六百名ということになっております。この間に戦犯が十三名軍内でできました。これをあの北京付近に送ってくれということを申しましたが、それは損だ、そんなところへ送ったらあとでもってどうしても罰を食うようになる、ここで時期を待った方がいいだろうという閻錫山の意見でございまして、シナ全体におきまして南京と上海と北京と太原、これだけに戦犯が残るようになったのでございます。戦犯の残るところに対して、連絡班というものを残してもいい。この連絡班というものは、日本のもとの軍人が残りまして、その名前は中国側のつけたものでございます。日本軍といたしましては、残してもあと給与その他のことは一切何もできませんものですから、もちろん強制的に残れという命令はありませんでしたが、私は残られた戦犯の弁護とかあるいは差し入れ、それから釈放後の帰るまでの引き受けということでもって残ることにいたしまして、約二十名ばかりの人を、これは私が直接その人たちには一々聞きまして、差しつかえないということで、二十名ばかりの人が一緒に残りました。この戦犯の問題も、中国側はなかなか早くやってくれません。早くやったら損だ、どうしても、国民感情上、早く処置できないというので、やってくれませんでしたが、昭和二十三年の四月に澄田司令官だけを残しまして、そのほかの人は判決が終りまして、いずれも上海に送るということになりました。澄田司令官の方は、これは早くやっちゃできないから、もう少し時期を待たなければどうにもならぬ、こういう閻錫山の話で、そこでひとまず澄田司令官以外の方の戦犯が片づいたというところで、私は一緒に残った二十名ばかりの人とともに帰って参りました。
  この間、残留しております際に、軍から、軍が引き揚げるときに、持っておりました金を、途中で使うもの以外は、全部もらったのであります。額が幾らだったか忘れましたが……。ところが日本軍が引き揚げてから後に、がぜんインフレがどんどん出て参りまして、一年分くらいは十分食えると思っておったのが、実は二ヵ月くらいでもう底をついてきたのであります。もうこの上は閻錫山に頼んで食べさしてもらうよりしょうがないというので、閻錫山の方から教育をやってくれということがありましたので、私は教育を担任し、それによってみんなも月給をもらいまして、食いつなぎをしておったわけでございます。
  大体私の申し上げることは、そんな状況でございます。
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