横レスですが
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2004/08/28 02:22 投稿番号: [2723 / 41162]
>戦勝国が日本であった場合に、当時の日本政府指導者が、、東京裁判よりも公平で公正な、裁判を開く事が可能であったのでしょうか?
また、国際的に耐え得る判決を導き出すことが可能であったのでしょうか?
十分可能だったでしょう。
それこそ傍聴席に裁判に詳しい外国人が数人いるだけで、後で批判を受けないよう厳格に国際法に準じた裁判を行なったと思います。
(日本人が不得意なのは「予期せぬ事態への対処」であって、こういうものは粛々と行ないます。)
>原子爆弾を米国よりも早く、完成させることが可能であった場合には、日本軍はそれを使用することをためらったのでしょうか?
日本人はアメリカ人を人間だと考えていましたが、アメリカ人はドイツ人を人間だと考えても、日本人は人間扱いしていませんでした。
広島・長崎の原爆投下に日本政府が恐怖を覚えたのは、その威力に対してではなく「原爆を本当に人間に対して、まして戦場ならともかく民間人の多数住む都市に平気で落とす感覚」だということです。(このとき初めて日本人がアメリカ人に人間扱いされていないことを実感したと思います。)
>数々の国際条約、戦争法規を無視しながら、国民の人権さえ踏みじりながら、戦い続けた日本軍です。
むしろ、各国軍隊の中では国際条約、戦争法規を遵守した方だと思います。
>歴史においても、侵略の事実は伝え残さなければならないでしょう。
協定を守らない敵の攻撃をやめさせるために敵の本拠地を叩くのは侵略とは言いません。
>日本軍は本当に、日本国臣民の為に戦ったのだろうか?
日本の国益を守るために戦い、それは国民にもつながっています。
>天皇の為に戦ったのではなかったのだろうか?
天皇は代々の権力者認定機関であって自らは基本的には権力者(執行者)ではありません。
明治以降は立憲君主制であって、実質的な権力者(執行者)は「憲法に基づく行政府(明治政府)」であって、「天皇」は「政府の決定の承認者」です。
結局、「天皇の名のもとに戦った」のはまさに「額面どおりの意味」であり、「日本軍は天皇を冠する国民軍」だということです。
(ちなみに天皇の英訳はthe Emperor of Japanですから、日本が外国からはいまでも「帝の国」と見なされていることには変わりありませんし、天皇が「実質的には象徴」なのは戦前も同じだったわけです。)
>日本国は敗戦により、民主主義を手にいれ、ここまで発展出来たことは事実ではありませんか?
明治でも大正でも昭和でも民主主義思想はありました。しかし同時に共産化の脅威もありました。
悪名高い特高警察には「一般市民に紛れ込んだ共産勢力の除去」という役割がありました。
戦後、GHQは特高警察を廃止したのみで共産化を抑える手段は講じませんでしたから、日本の共産化は国民洗脳の要である教育現場やマスコミ(新聞はもとより日本全国津々浦々をカバーするNHKも逃すはずはありません)に深く根を下ろす事になったわけです。
アメリカに押し付けられた民主主義はかなり歪んでおり、多数決原理や平等主義、平和主義も理念的で現実離れしたものだったと言えます。(アメリカはそれを分かった上で押し付けたのではないかと思います。)
発展については敗戦したことではじめてアメリカ市場参入が許されたことが大きかったと思います。
また、日本を防衛するには「大陸側に拠点が不可欠」ですが、皮肉なことに、敗戦したことで、在韓米軍、在比米軍、そして沖縄をはじめとする在日米軍等といった「日本が目指していた防衛体制」を得ることができたわけです。
また、国際的に耐え得る判決を導き出すことが可能であったのでしょうか?
十分可能だったでしょう。
それこそ傍聴席に裁判に詳しい外国人が数人いるだけで、後で批判を受けないよう厳格に国際法に準じた裁判を行なったと思います。
(日本人が不得意なのは「予期せぬ事態への対処」であって、こういうものは粛々と行ないます。)
>原子爆弾を米国よりも早く、完成させることが可能であった場合には、日本軍はそれを使用することをためらったのでしょうか?
日本人はアメリカ人を人間だと考えていましたが、アメリカ人はドイツ人を人間だと考えても、日本人は人間扱いしていませんでした。
広島・長崎の原爆投下に日本政府が恐怖を覚えたのは、その威力に対してではなく「原爆を本当に人間に対して、まして戦場ならともかく民間人の多数住む都市に平気で落とす感覚」だということです。(このとき初めて日本人がアメリカ人に人間扱いされていないことを実感したと思います。)
>数々の国際条約、戦争法規を無視しながら、国民の人権さえ踏みじりながら、戦い続けた日本軍です。
むしろ、各国軍隊の中では国際条約、戦争法規を遵守した方だと思います。
>歴史においても、侵略の事実は伝え残さなければならないでしょう。
協定を守らない敵の攻撃をやめさせるために敵の本拠地を叩くのは侵略とは言いません。
>日本軍は本当に、日本国臣民の為に戦ったのだろうか?
日本の国益を守るために戦い、それは国民にもつながっています。
>天皇の為に戦ったのではなかったのだろうか?
天皇は代々の権力者認定機関であって自らは基本的には権力者(執行者)ではありません。
明治以降は立憲君主制であって、実質的な権力者(執行者)は「憲法に基づく行政府(明治政府)」であって、「天皇」は「政府の決定の承認者」です。
結局、「天皇の名のもとに戦った」のはまさに「額面どおりの意味」であり、「日本軍は天皇を冠する国民軍」だということです。
(ちなみに天皇の英訳はthe Emperor of Japanですから、日本が外国からはいまでも「帝の国」と見なされていることには変わりありませんし、天皇が「実質的には象徴」なのは戦前も同じだったわけです。)
>日本国は敗戦により、民主主義を手にいれ、ここまで発展出来たことは事実ではありませんか?
明治でも大正でも昭和でも民主主義思想はありました。しかし同時に共産化の脅威もありました。
悪名高い特高警察には「一般市民に紛れ込んだ共産勢力の除去」という役割がありました。
戦後、GHQは特高警察を廃止したのみで共産化を抑える手段は講じませんでしたから、日本の共産化は国民洗脳の要である教育現場やマスコミ(新聞はもとより日本全国津々浦々をカバーするNHKも逃すはずはありません)に深く根を下ろす事になったわけです。
アメリカに押し付けられた民主主義はかなり歪んでおり、多数決原理や平等主義、平和主義も理念的で現実離れしたものだったと言えます。(アメリカはそれを分かった上で押し付けたのではないかと思います。)
発展については敗戦したことではじめてアメリカ市場参入が許されたことが大きかったと思います。
また、日本を防衛するには「大陸側に拠点が不可欠」ですが、皮肉なことに、敗戦したことで、在韓米軍、在比米軍、そして沖縄をはじめとする在日米軍等といった「日本が目指していた防衛体制」を得ることができたわけです。
これは メッセージ 2713 (oityantyan さん)への返信です.