南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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南京で日本兵は何を見たのか (6)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 23:06 投稿番号: [26035 / 41162]
近藤伍長は、実際の虐殺現場に居て、“一生忘るる事の出来ざる光景”を
目撃したことを   日記に記録していたが、
さらに   もう一歩近くにいた人物も、同じ事件に関して日記を残している。
それは、第13師団山砲兵第19聯隊第III大隊・大隊段列上等兵   黒須忠信の
陣中日記であり、出典は   前掲の『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』
350〜351頁所収によるものだ。
ちなみに   大隊段列というのは   輸送部隊のことを意味する。
上等兵であった黒須という人物の日記は、以下のようなものだ。

12月16日   晴。
「我が段列より二十名は残兵掃蕩の目的にて幕府山方面に向かう」。
この時点で、もう戦闘は終わっているので、実際は警備のためだ。
「二、三日前、捕虜にせし支那兵の一部五千名を揚子江の沿岸に
連れ出し、機関銃を以て射殺す」。
機関銃で殺したとあることから、かなり具体的だ。
このときに、前述の将校の日記によると、向こう側にいる日本兵に
弾が当たり、日本軍側にも死者が出たことになっている。

「その后、銃剣にて思う存分に突刺す。自分もこの時ばかりと、
憎き支那兵を三十人も突刺した事であろう」とある。
この人物は、先ほどの伍長と違い、あまり痛ましいとは思っていない。
このときとばかり   思い切り突刺した、と書いているのだ。

「山となって居る死人の上をあがって   突き刺す気持は、鬼をもひしがん
勇気が出て、力いっぱいに突き刺したり。うーんうーんとうめく支那兵の
声。年寄りも居れば、子供を居る」。
これは   解釈が難しいところだ。
「年寄りと子供」と言っているが、兵隊にしては   年寄りで、
兵隊にしては   子供なのか、それとも   本当に年寄りと子供なのか、
どちらにも取れるが、
「一人残らず殺す。刀を借りて、首をも切って見た」
「こんな事は今まで中にない珍らしい出来事であった」
「××少尉殿並に×××××氏、×××××氏等に面会する事が出来た」
「皆無事、元気であった。帰りし時は午后八時となり腕は相当つかれ」
て居た   と書いてあることから、相当数   殺したことが判る。

この人物は   先ほどの伍長と違って、あまり良心の呵責がなかったらしく、
大いにやったという、なにか   随分興奮して書いている。
この兵隊は   まさに現場で、最後に止めを刺したという、
そういうことを   語っているのだ。
これが   虐殺の現場中の現場にいて、現場で事を行った人間の日記だ。

以上の日記は、同じ13師団で、同じ事件について記したものだが、
記した人物の   立場が違う。
将校と下士官と兵隊の3段階で、命令する者、現場を監督する者、
そして   実際に   手を下す者だ。
どの段階でも   こういう日記が残っている   ということは、
まったく   否定の余地がない   ということだ。

詳細に見ると   少しずつ   数が違っていたりすることはあるが、
数千人を一つの単位として、機関銃で殺害しているということは分かる。
したがって、どう解釈しても、虐殺がなかったとは   およそ言えない。
こんなに   みんなが揃って「幻」を見ていることは   あり得ないことだ。
しかも実際に   手を下した人物が   証言しているのだ。

 
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