続く3
投稿者: gokutubisi 投稿日時: 2004/08/16 20:09 投稿番号: [2591 / 41162]
最初の話に戻ります。
この現地調達は他の事でも活躍したそうですね。
調達係と言うのが有って、こちらは慰安婦の調達を専門にやっていたそうです。
方法は決められていて4〜5人のグループ編成で行う。
調達対象は14,5歳〜20歳位の女性と決まっていたとの事。
まるで漫画にでも出て来そうな滑稽さすらイメージさせられてしまうその方法とは。
手分けしてあちこちへ出かけていって、目的の町や村に近付いてトラックを止めてから拉致する女性を物色して、先ず3人で何気なく近付き後ろから羽交い絞めにして口を塞ぐ。
もしその女性が子育て中で子供を抱いている場合は4人目がそのまま子供を奪い取り5人目に渡してから4人で女性を肩に担いですばやく走り去る。
子供を受け取った5人目は子供を泣かせない様にあやしながら民家の軒先などに置いて、1人で走ってトラックに追いつく。
仮にも軍隊を名乗る者がこんな事を一生懸命にやって居たのですか。
その後は軍の運営する売春組織に運んで行って女性を渡す。
軍では非常に巧妙に組織した大掛かりなシステムを持っていて、アジアを中心とする様々な国々からこの様にして女性を“調達”しては様々な戦地へ運搬供給し慰安所と称する掘っ立て小屋の様な所に女性を置いていたとの事。
慰安所の中は通路に沿って牛小屋を少しきれいにしたような感じで其々簡単に仕切られていて軽い軟禁状態。
それでも逃げ出す様な心配は要らない、何故なら女性達は和服のようなものを一枚だけ与えられて居てそれを羽織って床にただ座って居るだけの生活をずっと続けている。
しかも“客”は連日押すな押すなの大盛況で殆ど24時間連日客を取らされ続ける様な状態も多かったそうです。
そして何度も妊娠する人も居て腹を蹴られて堕胎する、それだけで体力を失って死んでしまう人も居たそうです。
生き残る人も居ますが死ぬ人の場合の多くは2年位と聞きました、死んだら裏に穴を掘って埋めるだけなのでしょう。
日本軍は武器弾薬も十分持たずして一体何をしに彼の戦地へ赴いたのでしょうか。
肝心の戦闘はどの位戦ったのか。
志願兵の中には女性を自由に出来るから、と言う事を聞いて志願したと言う方の話を某テレビ局で放送していた事も有りましたから遊び目的で行った方も居られるのでしょう。
一つ言えるのは下半身のピストルや弾薬は十分であったと言う事でしょうね。
乱射しまくって居たのでしょう。
こうした事を日本人の女性達はどの様に考えるのか少し興味が沸いてしまいます。
ある時某東京の女子大の先生と称するオバサンがテレビにのこのこ出ていらっしゃって、しどろもどろでは有りましたが、明らかに“この位の事は驚く事は無い、やっても良いのだ”調の御発言にお言葉を弄して居られました。
それで最近になってコンクリ事件の様な変わった類の事が頻発するように成ったのでしょうかね。
良いのだと言われれば不和雷同の輩、皆すぐ真似を始めますからね。
個人的には愛さなければうれしくもないのではという気もするのですが・・・しかしそれにしてもすごい事を発案するものなのですね。
世界初でしょうか、滑稽ですが日本人は“発想力に乏しい”なんて嘘ですね。
それから軍隊のこうした下半身の問題は外国でも皆無ではなく昔からカフェインの強い飲み物を配給して性欲を抑えたり各国軍部はあれこれ試行錯誤や苦労をして居た様ですが、米国などで問題があったとしても一小隊の暴走に留まって居た様で少なくともコントロールは入って居たのでしょうね。
まさか国を挙げての軍隊に一斉に下半身攻撃をやられたらハトの豆鉄砲、びっくり仰天なんて言うものでは無いのでしょうね。
我々は少なくともあのイラク人やドイツ人とは完全な別人種なのでしょう。
彼らは見掛けと違って戦時下の女性達に対しては巻添えを除けば敵でも味方でも一応は大事にして居た様ですから。
慰安婦調達の方法は幾通りか有った様です。
一つは拉致。もう一つは売られてくる人。そして確かに自ら商売を目的とする方も若干は居たようです。
圧倒的に多いのは拉致でしょう。後者の二つが多数派である様には思えません。
言葉と言うものにはやはり裏やトリックは付き物なんですね。
この現地調達は他の事でも活躍したそうですね。
調達係と言うのが有って、こちらは慰安婦の調達を専門にやっていたそうです。
方法は決められていて4〜5人のグループ編成で行う。
調達対象は14,5歳〜20歳位の女性と決まっていたとの事。
まるで漫画にでも出て来そうな滑稽さすらイメージさせられてしまうその方法とは。
手分けしてあちこちへ出かけていって、目的の町や村に近付いてトラックを止めてから拉致する女性を物色して、先ず3人で何気なく近付き後ろから羽交い絞めにして口を塞ぐ。
もしその女性が子育て中で子供を抱いている場合は4人目がそのまま子供を奪い取り5人目に渡してから4人で女性を肩に担いですばやく走り去る。
子供を受け取った5人目は子供を泣かせない様にあやしながら民家の軒先などに置いて、1人で走ってトラックに追いつく。
仮にも軍隊を名乗る者がこんな事を一生懸命にやって居たのですか。
その後は軍の運営する売春組織に運んで行って女性を渡す。
軍では非常に巧妙に組織した大掛かりなシステムを持っていて、アジアを中心とする様々な国々からこの様にして女性を“調達”しては様々な戦地へ運搬供給し慰安所と称する掘っ立て小屋の様な所に女性を置いていたとの事。
慰安所の中は通路に沿って牛小屋を少しきれいにしたような感じで其々簡単に仕切られていて軽い軟禁状態。
それでも逃げ出す様な心配は要らない、何故なら女性達は和服のようなものを一枚だけ与えられて居てそれを羽織って床にただ座って居るだけの生活をずっと続けている。
しかも“客”は連日押すな押すなの大盛況で殆ど24時間連日客を取らされ続ける様な状態も多かったそうです。
そして何度も妊娠する人も居て腹を蹴られて堕胎する、それだけで体力を失って死んでしまう人も居たそうです。
生き残る人も居ますが死ぬ人の場合の多くは2年位と聞きました、死んだら裏に穴を掘って埋めるだけなのでしょう。
日本軍は武器弾薬も十分持たずして一体何をしに彼の戦地へ赴いたのでしょうか。
肝心の戦闘はどの位戦ったのか。
志願兵の中には女性を自由に出来るから、と言う事を聞いて志願したと言う方の話を某テレビ局で放送していた事も有りましたから遊び目的で行った方も居られるのでしょう。
一つ言えるのは下半身のピストルや弾薬は十分であったと言う事でしょうね。
乱射しまくって居たのでしょう。
こうした事を日本人の女性達はどの様に考えるのか少し興味が沸いてしまいます。
ある時某東京の女子大の先生と称するオバサンがテレビにのこのこ出ていらっしゃって、しどろもどろでは有りましたが、明らかに“この位の事は驚く事は無い、やっても良いのだ”調の御発言にお言葉を弄して居られました。
それで最近になってコンクリ事件の様な変わった類の事が頻発するように成ったのでしょうかね。
良いのだと言われれば不和雷同の輩、皆すぐ真似を始めますからね。
個人的には愛さなければうれしくもないのではという気もするのですが・・・しかしそれにしてもすごい事を発案するものなのですね。
世界初でしょうか、滑稽ですが日本人は“発想力に乏しい”なんて嘘ですね。
それから軍隊のこうした下半身の問題は外国でも皆無ではなく昔からカフェインの強い飲み物を配給して性欲を抑えたり各国軍部はあれこれ試行錯誤や苦労をして居た様ですが、米国などで問題があったとしても一小隊の暴走に留まって居た様で少なくともコントロールは入って居たのでしょうね。
まさか国を挙げての軍隊に一斉に下半身攻撃をやられたらハトの豆鉄砲、びっくり仰天なんて言うものでは無いのでしょうね。
我々は少なくともあのイラク人やドイツ人とは完全な別人種なのでしょう。
彼らは見掛けと違って戦時下の女性達に対しては巻添えを除けば敵でも味方でも一応は大事にして居た様ですから。
慰安婦調達の方法は幾通りか有った様です。
一つは拉致。もう一つは売られてくる人。そして確かに自ら商売を目的とする方も若干は居たようです。
圧倒的に多いのは拉致でしょう。後者の二つが多数派である様には思えません。
言葉と言うものにはやはり裏やトリックは付き物なんですね。
これは メッセージ 2590 (gokutubisi さん)への返信です.