銃剣使用に関する証言は数多い
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/01 20:25 投稿番号: [25773 / 41162]
馬鹿ネコ理論では、日本軍は
小銃が曲がって使えなくなるので
銃剣による刺突は行なわなかった、ということだが、
旧日本軍兵士の証言や記録には、銃剣使用の事実が記されている。
そもそも、日本軍にとって大切な小銃を「使い物にならなくする」
のであれば、それでなくとも
物資不足に悩んでいた日本軍は、
銃剣の装着・使用を
厳しく制限していたはずだろう。
さらには
銃剣の生産・配備すら
禁止していても
不思議ではない。
しかし、実際は
帝国陸軍は、三十年式銃剣を正式装備として
太平洋戦争終結まで採用し、歩兵に配備し続けたのだ。
当然のことに、銃剣で中国人を刺殺した
という証言は
少なくない。
第16師団歩兵第33連隊第3機関銃中隊
河田義一の証言
↓
私らは小銃中隊の兵隊と一緒に入城しました。小銃隊の兵隊が
支那の兵隊を銃剣で突き刺しているのを目撃しました。
男はみんな捕まえてましたな。
でも、私ら重機関銃隊はそんなことをしてません。
実際、南京戦で「支那人を殲滅しろ」という命令が
私ら第三機関銃中隊に来てましたけれど、
各中隊にもそんな命令が出ていたかどうかわかりません。
(『南京戦-閉ざされた記憶を尋ねて』P236)
第114師団歩兵第127旅団歩兵66連隊第1大隊所属兵士の日記
↓
◆12月13日
午後五時、南京外廊にて敵下士官6名を銃剣を以て刺殺す。
亡き戦友の敵をとった。全身返り血を浴びて奴ののど笛辺りを
つきたるや、がぶ血をはいて死ぬ 。背中と云はず腰と云はず、
刺して刺して刺しまくり、死ぬるや今度は火をつけてやる。
中に、ウナリ乍ら二、三尺はい出すのがある。
生温い血が顔にはねる。手を洗はず夕食を全く久し振りで食べる。
(秦郁彦『南京事件』P159)
これは メッセージ 25767 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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