南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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捕虜殺害に「忙殺された」日本軍

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/01 20:03 投稿番号: [25767 / 41162]
第16師団師団長だった中島今朝吾中将の陣中日記には、次の記述がある。

   ◆十二月十三日

    一.本日正午高山剣士来着す
    捕虜七名あり直に試斬を為さしむ
    時恰も小生の刀も亦此時彼をして試斬せしめ頸ふたつを見込斬りたり
    (中略)
    一.大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片づくることとなしたる
    共千五千一万の群衆となればこそ   これが武装を解除することすら
    出来ず、ただ彼らが全く戦意を失いぞろぞろ付いてくるから安全なる
    ものの、之が一旦騒擾せば始末に困るので、部隊をトラックにて増派
    して監視と誘導に任じ十三日夕はトラックの大活動を要したり
    乍併戦勝直後のことなれば中々。実行は敏速には出来ず   斯る処置は
    当初より予想だにせざりし処なれば参謀本部は大多忙を極めたり

    一.後に到りて知る処に依りて佐々木部隊丈にて処理せしもの
    約一万五千、太平門における守備の一中隊長が処理せしもの
    約1300,其仙鶴門付近に終結したるもの約七八千人あり
    尚続々投降し来る。
    この七八千人、之を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当たらず
    一案としては百二百に分割したる後適当のケ所に誘きて処理する
    予定なり。
     (「中島日記」南京戦史資料集   P326)

「戦意を失い」たる捕虜を、大量に「処分」するのに多忙をきわめた、
というのだから、戦慄せざるを得ない。
次に、歩兵第30旅団長佐々木到一少将の日記を見てみよう。

   ●12月13日
 
    午後二時頃概して掃討を終わって背後を安全にし、部隊をまとめつつ
    前進平和門に至る。   その後俘虜続々投降し来り数千に達す,
    激昂せる兵は上官の制止を肯かばこそかたはしより殺戮する。
    多数占有の流血と十日間の辛惨を顧みれば兵隊ならずとも
    「皆やってしまへ」と云ひ度くなる。
    白米は最早一粒もなし、場内には有るだらうが、
    俘虜に食はせるものの持ち合わせなんか我軍にはない筈だった。
    (「佐々木到一少将日記」   南京戦史資料集   P378)

捕虜を   怒りにまかせて「かたはしより殺戮」したことは、
あきらかに   残虐行為だが、その背景には、
中国軍の   予想以上の反抗により、「辛惨」を味わったことで
兵士の人間性を奪うほどの   憎悪につながっていたことが判る。
日本軍による   捕虜虐殺には、それなりの背景があったのだ。
また、捕虜に食わせる米は一粒もない、という状況は  
日本軍の補給体制の不備を原因とするが、それも   やはり、捕虜の扱いに
苦慮することになり、片っ端から殺害する要因ともなったのだ。
 
 
 



 
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