南京虐殺は、なぜ起きたのか?(1)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/08/31 12:05 投稿番号: [25693 / 41162]
どうして日本軍は、南京で
大規模な残虐行為を
犯したのだろうか。
日本人が
もともと残酷で、人殺しを好む本性だなどとは
考えられない。
それが
突然、このような事件の主役となったのには、
それだけの背景と
原因があったはずだ。
もともと軍隊とは
暴力組織であり、よほどの統制が保たれ、
明白な自律意識がなければ、戦争という極限状態にあっては
残虐行為に走るのは仕方がないのだ、という見方もある。
確かに、満州事変での平頂山事件や
ベトナムでのソンミ事件のように、
戦争に伴って、いくつもの類似例は
存在している。
だが、それらに比べても、南京での大虐殺、大量強姦は、
あまりにも大規模で
しかも
組織的な行為だった。
それが、なぜ
実行されたかを知るためには、
“天皇の軍”=皇軍の
性格と特質について
考察する必要がある。
旧日本軍の残した
当時の資料を検証・分析してみて
気づくことは、
参謀が軍司令官の意図を無視して、無謀な作戦計画を立てたため
補給の困難から、侵攻した現地で
掠奪暴行を引き起こしたり、
勝手に捕虜の処刑を命令したため戦後に司令官を戦犯死させることになった
という事例が
少なくないことだ。
その代表的なものとして、1931年の
十月事件の首謀者であり、
沖縄戦では
中将で参謀長だった将校の場合を
みてみよう。
この人物は、南京戦のときは中佐で、
上海派遣軍の参謀兼中支那方面軍参謀情報課長だった。
軍司令官の専属副官だった大佐が
投書で、当時の方面軍司令部内部の
雰囲気を示すものとして、次のような出来事を
記録している。
12月18日朝、第六師団から
軍の情報課に電話があった。
「下関に支那人約十二、三万人居るが、どうしますか」
情報課長、●●中佐は極めて簡単に「ヤッチマエ」と命令したが、
私は事の重大性を思い、情報課長の電話は軍司令官の意図に反すると
確信した。
この事を軍司令官に報告した。
軍司令官は
直ちに●●中佐を呼んで
「下関の支那人十二、三万人の解放」を命ぜられたが、
●●中佐は
「支那人の中には軍人が混っております」という。
軍司令官は「軍人が混っていても、却って紀律を正しくするために
必要だ」と
強く「解放」を命ぜられたので、●●中佐は
「解りました」と返事をした。
(中略)
ところが
約一時間ぐらい経って再び第六師団から電話があった。
「下関の支那人をどうするか」である。
●●中佐は
再び「ヤッチマエ」と命じた。
私は
このことを軍司令官に報告することができなかった(以下略)
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