>>ちょっと、お尋ね?説教しょうかな?
投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/08/15 21:39 投稿番号: [2564 / 41162]
これで解決でしょうかね?
>上海-南京間は距離にして300kmです。
これは地図上での直線距離ですよ。
戦闘、追撃、略奪しながらの距離ではないでしょう。
単純な計算ですよ。
>補給基地や物資部隊などは存在し得ないことになります。食料は上海から南京に進攻中、無錫に大補給基地があってそこで補充してから充分ありました
あなたは上海派遣軍がどうのような編成で進軍して行ったか、、をどうも
ご存じない方の様ですね。
後備役、予備役の臨時招集された軍隊ですよ、しかも上海戦に限り、編成、編合された軍隊です。
松井石根大将そのものが予備役の退役軍人だったのを司令官不足から急遽、任命された人物じゃあ〜ないですか?
上海占領後は派遣軍は内地へ凱旋することになっていましたが、松井と武藤が南京攻略を策略し、当初から計画のなかった、もちろん参謀本部も南京への進撃を予定もしなければ、認めもしなかったのですよ、しかし、彼らは強行した、結果、参謀本部も、政府も後から追認したのです。
ですから、食料などの兵站機関は当然ながらありませんでした。
もう一度、よ〜く
お調べ下さいね。
でなければ、あなた方の言われる「南京虐殺は無かった」とはいつまでもウソであるということです。
もちろん上海から南京までの進撃コースにおいても略奪、強姦、人民の殺戮、虐殺は行っています。
日本軍の食料は「現地調達主義」「現地生活主義」でした。
占領するまでは調達、徴用、略奪を繰り返し、
占領すれば、田畑を耕し、鶏、豚を飼う。
占領地で畑を耕している兵隊の写真が多いのもこの為である。
あまり、いい加減なことは投稿しないようにしましょうね。
これは メッセージ 2558 (kihachi426 さん)への返信です.
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