Re: 日本の枢軸国の運命、、傀儡政権の崩壊
投稿者: todorigafuti 投稿日時: 2008/08/06 21:21 投稿番号: [25000 / 41162]
>日本は日露戦争勝利以来、満州権益の保全に腐心し、満州軍閥の張作霖と協力関係を築いてきた
>・蒋介石の北伐を、山東出兵して妨害するほど張作霖に肩入れしていた日本には、北京から満州に退却直後の盟友を爆殺する動機が見当たらない。
???
動機がない? おかしな事を 東北部の軍閥の長であった張作霖が邪魔になっただけじゃないのかい? 日本政府 日本軍の動機 目的は 満州の中国大陸切り離しではなかったのか? 何の為に 中国大陸に駐屯してたんだ?(笑)張作霖が日本軍に非協力的になったため 抹殺しようとした ただそれだけのことだよ。 結果 満州国を建国してるじゃないか? 満州人である張作霖を殺して 満州人の為の国?を創ったんだよね(笑)
>・爆殺の結果、日本には、①長年の盟友喪失と②国際的信用失墜という実害だけが残ってしまった
実に おかしいことだね。 ソ連の工作員の仕業? それとも 誰の仕業?
アンタの説で説明すれば 事件当時は 誰が犯人か 解っていなかったってこと二なるのだけどね?????それで 日本の国際的信用の失墜、、ってなんだ?
この事実ってのは 国際社会においては 日本政府 日本軍が張作霖を爆殺したって事実があったってことを 認めてるってことになるのだがね(笑) ソ連の工作員の仕業であったならば 国際社会は日本政府に同情をよせると思うけどな(笑)
>・一方、1924年に外モンゴルの共産化に成功していたソ連は、コミンテルンを通じて中国共産党を指導し、また中国国民党に浸透して中国全土を共産化する計画を推し進めていた。(これは後に実現)・・・ソ連には動機があり且つ事件から実益も得ている
東北部の軍閥 張作霖の爆殺とモンゴルの共産化? 張作霖を爆殺して 利益を得たのは日本政府だけじゃないかい? 結果 満州国を建国し その要職には全て日本人が座ってたじゃないかい、、ん 全てを手にしたのは 日本政府だぜ(笑)
馬賊出身の張作霖は、日本の関東軍の支援の下、段芝貴を失脚させて満州の実効権を手に入れ、当時最有力な軍閥の一人にのし上がっていた。
第一次国共合作(1924年)
奉天軍(張作霖) ← 日本
直隷派 ← 欧米
中国国民党 ← ソ連(実質は党内の共産党員への支持)
国民党の北伐で直隷派が壊滅(1926年)張作霖は、欧米の支援の受け皿を狙って、支援元を日本から欧米寄りに鞍替えする。
これに対して、大陸での権益を確保したい欧米、ことに大陸進出に出遅れていたアメリカは積極的な支援を張作霖に行う。
同じく欧米の支援の受け皿になる事を狙った国民党は、党内で共産党員と蒋介石との確執が激しくなった(1926年、翌年、国共合作は瓦解)ため、北伐の継続が出来なくなった。
1926年12月、ライバル達が続々と倒れていったため、これを好機と見た張作霖は奉天派と呼ばれる配下の部隊を率いて北京に入城し大元帥への就任を宣言、自らが中華民国の主権者となると発表した。
大元帥就任後の張作霖は、更に反共・反日的な欧米勢力寄りの政策を展開する。
奉天軍(張作霖) ← 欧米・日本
国民党
中国共産党 ← ソ連
1928年4月、国民党の蒋介石は欧米の支援を取り付け、再度の北伐を行う。
奉天軍(張作霖)
国民党 ← 欧米
共産党 ← ソ連
という構図である。 日本も張作霖を扱いかねており、蒋介石から「山海関以東(中国東北部)には侵攻しない」との言質を取ると、積極的な支持を与えなくなっていた。
中国情勢の混乱を見た関東軍首脳は、居留民保護の名目で軍を派遣し、両軍を武装解除して満州を支配下に置こうとする計画を立てていた。しかし満州鉄道(満鉄)沿線外へ兵を進めるのに必要な天皇からの奉勅命令が発令されず、この計画は解消された。
1928年6月4日、国民党軍との戦争に敗れた張作霖は、北京を脱出し、本拠地である奉天(瀋陽)へ列車で移動する。この時、日本側の対応として意見が分かれる。
田中義一首相
陸軍少佐時代から張作霖を見知っており、「張作霖には利用価値があるので、東三省に戻して再起させる」という方針を打ち出す。
関東軍
既に軍閥による間接統治には限界があると考え、社会インフラを整備した上での傀儡政権による間接統治、すなわち満州国の建国を立案していた。その為、張作霖の東三省復帰は満州国建国の障害になるとし、排除方針を打ち出した。
>・蒋介石の北伐を、山東出兵して妨害するほど張作霖に肩入れしていた日本には、北京から満州に退却直後の盟友を爆殺する動機が見当たらない。
???
動機がない? おかしな事を 東北部の軍閥の長であった張作霖が邪魔になっただけじゃないのかい? 日本政府 日本軍の動機 目的は 満州の中国大陸切り離しではなかったのか? 何の為に 中国大陸に駐屯してたんだ?(笑)張作霖が日本軍に非協力的になったため 抹殺しようとした ただそれだけのことだよ。 結果 満州国を建国してるじゃないか? 満州人である張作霖を殺して 満州人の為の国?を創ったんだよね(笑)
>・爆殺の結果、日本には、①長年の盟友喪失と②国際的信用失墜という実害だけが残ってしまった
実に おかしいことだね。 ソ連の工作員の仕業? それとも 誰の仕業?
アンタの説で説明すれば 事件当時は 誰が犯人か 解っていなかったってこと二なるのだけどね?????それで 日本の国際的信用の失墜、、ってなんだ?
この事実ってのは 国際社会においては 日本政府 日本軍が張作霖を爆殺したって事実があったってことを 認めてるってことになるのだがね(笑) ソ連の工作員の仕業であったならば 国際社会は日本政府に同情をよせると思うけどな(笑)
>・一方、1924年に外モンゴルの共産化に成功していたソ連は、コミンテルンを通じて中国共産党を指導し、また中国国民党に浸透して中国全土を共産化する計画を推し進めていた。(これは後に実現)・・・ソ連には動機があり且つ事件から実益も得ている
東北部の軍閥 張作霖の爆殺とモンゴルの共産化? 張作霖を爆殺して 利益を得たのは日本政府だけじゃないかい? 結果 満州国を建国し その要職には全て日本人が座ってたじゃないかい、、ん 全てを手にしたのは 日本政府だぜ(笑)
馬賊出身の張作霖は、日本の関東軍の支援の下、段芝貴を失脚させて満州の実効権を手に入れ、当時最有力な軍閥の一人にのし上がっていた。
第一次国共合作(1924年)
奉天軍(張作霖) ← 日本
直隷派 ← 欧米
中国国民党 ← ソ連(実質は党内の共産党員への支持)
国民党の北伐で直隷派が壊滅(1926年)張作霖は、欧米の支援の受け皿を狙って、支援元を日本から欧米寄りに鞍替えする。
これに対して、大陸での権益を確保したい欧米、ことに大陸進出に出遅れていたアメリカは積極的な支援を張作霖に行う。
同じく欧米の支援の受け皿になる事を狙った国民党は、党内で共産党員と蒋介石との確執が激しくなった(1926年、翌年、国共合作は瓦解)ため、北伐の継続が出来なくなった。
1926年12月、ライバル達が続々と倒れていったため、これを好機と見た張作霖は奉天派と呼ばれる配下の部隊を率いて北京に入城し大元帥への就任を宣言、自らが中華民国の主権者となると発表した。
大元帥就任後の張作霖は、更に反共・反日的な欧米勢力寄りの政策を展開する。
奉天軍(張作霖) ← 欧米・日本
国民党
中国共産党 ← ソ連
1928年4月、国民党の蒋介石は欧米の支援を取り付け、再度の北伐を行う。
奉天軍(張作霖)
国民党 ← 欧米
共産党 ← ソ連
という構図である。 日本も張作霖を扱いかねており、蒋介石から「山海関以東(中国東北部)には侵攻しない」との言質を取ると、積極的な支持を与えなくなっていた。
中国情勢の混乱を見た関東軍首脳は、居留民保護の名目で軍を派遣し、両軍を武装解除して満州を支配下に置こうとする計画を立てていた。しかし満州鉄道(満鉄)沿線外へ兵を進めるのに必要な天皇からの奉勅命令が発令されず、この計画は解消された。
1928年6月4日、国民党軍との戦争に敗れた張作霖は、北京を脱出し、本拠地である奉天(瀋陽)へ列車で移動する。この時、日本側の対応として意見が分かれる。
田中義一首相
陸軍少佐時代から張作霖を見知っており、「張作霖には利用価値があるので、東三省に戻して再起させる」という方針を打ち出す。
関東軍
既に軍閥による間接統治には限界があると考え、社会インフラを整備した上での傀儡政権による間接統治、すなわち満州国の建国を立案していた。その為、張作霖の東三省復帰は満州国建国の障害になるとし、排除方針を打ち出した。
これは メッセージ 24980 (deliciousicecoffee さん)への返信です.