南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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富田事件、敵を殺すより味方を殺す非道

投稿者: tututontutu_tutonton 投稿日時: 2008/03/21 07:58 投稿番号: [22639 / 41162]
さすがの幹部も子供のようにAB団員であることを白状するにいたった。

そして5日間拷問を次々と繰り返した結果1200人もの逮捕者が出た。
もちろん全員が無実ですべてでっち上げだった。

当然その後は処刑の嵐が吹き荒れた。

逮捕者1200名の内殺したい、又は殺した方がいいと思われる人物は銃弾1発でアタマを吹き飛ばされた。

李文林以下数名の最高幹部を除き400名ほどが毛沢東の野心の犠牲となった。

最高幹部は毛沢東が直接裁くために生かされていた。

しかしこの毛沢東の粛反委員会のあまりの残虐性に李文林の部下もついに立ち上がった。

劉敵という人物が立ち上がり粛反委員会を全員逮捕、李文林等最高幹部を開放し無実を宣言した。

逮捕された粛反委員会は毛沢東のもとへ送り返された。

こうして開放された李文林は配下の統制を建て直し、党本部に無実を訴えた。


が。

党本部はすでに毛沢東の「AB団の浸透」飲んでしまっていた。
これが大嘘であると理解はしたが、今更間違いでしたと認めることは出来なかった。
そんなことをすれば共産党本部に対する求心力は失われてしまう。
更に李文林等が粛反委員会を追い返したのはクーデターと捉えられた。

ここら辺の思考は南京大虐殺30万なんて叫ぶ朝日新聞と似たようなもんですね。(大笑)

毛沢東と党本部はすでに共犯者だった。
彼らは共謀し李文林等を調停を行うからと呼び出し全員逮捕、即刻処刑した。

このとき李文林配下の紅二十軍は富田周辺に待機していた。
毛沢東の大部隊はこれを包囲し、武装解除を命じた。

そして紅軍史上最大の虐殺が幕を開けた。

紅二十軍に所属する伍長以上、とにかく「長」の肩書きを持つものを全員洗い出し処刑した。
もはや「AB団員」であるとか「クーデター」に参加したとかは関係なかった。

富田周辺の雑木林からは一晩中銃声が響いたそうである。

こうして紅二十軍からは6000人以上の犠牲者が出た。

しかしそれでも毛沢東の虐殺は終わらなかった。
彼の矛先は利文林の支配地の党と行政組織だった。

再び「AB団狩り」が行われ、4000人以上が犠牲となった。

江西地方の根拠地と軍を手に入れたかった毛沢東の個人的な野心が、共産党としてはまったく何の罪も無かった1万人以上の処刑者を生み出した。


だが1万人以上の犠牲も悲劇の始まりにすぎなかった。

富田で大粛清を行ってしまった毛沢東と党本部はどう観てもおかしいこの非道を正当化する必要があった。

それゆえ「毛沢東はAB団から党を守った英雄」と祭り上げられた。
そして「毛沢東に学べ」とすべての党と紅軍に毛沢東の考案したやり方を進めた。

その結果各軍根拠地などで同様の悲劇が実行された。

殺人もみんなでやれば怖くない、と言ったところだな。

結果1930年の富田事件から1931年春の粛清終了までに7万人以上が犠牲となった。

そして毛沢東は共産党で最大勢力を擁するにいたった。
1931年秋、「中華ソヴィエト共和国臨時政府」が樹立。

主席に収まったの陰湿で残虐な策謀を張り巡らせた腹黒い毛沢東だった。
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