シナにいた10万人の玉無し男
投稿者: tututontutu_tutonton 投稿日時: 2008/02/19 16:21 投稿番号: [22410 / 41162]
肉食人種の特性で皮を剥いだり腑分けが得意だったシナ人。
その特性は宮中でも発揮された。
シナの歴代皇帝は多くの愛娼をはべらせていた、たとえば殷の武丁には44人、こうなってくると皇帝の周辺には女奴隷では力不足になってくる。
そこで登場するのが「宦官」と呼ばれた人々。
皇帝の妻子?と性的関係を結べない男が製造させた。
この制度は殷から始まり周秦〜明・清が滅ぶまで続いた・・・。
もっともこの制度はシナ人だけでなく中央アジアや古代ではヨーロッパ方面でも行われてはいた、が20世紀になっても続けていたわけではない。
この宦官の人数がまたすごい!
周の時代はまだ数百人(それでもむちゃくちゃ多いと思うが・・・。)
唐の時代は4千人
明になると10万人!!
徳川幕府には旗本十万騎(実際はもっと少ないけど)が親衛隊のようになっていたがシナでは玉無し男が10万人(爆笑)
何でこんなに多いのか?これには志願者が多かったことがあげられる。
宦官は皇帝や妃に近づきやすいので権力者に取り入ることが簡単だった。
本来は異民族等を去勢して(隋までは刑罰で去勢していた)宦官としていたが、時代によっては志願者の方が多くなった。
日本では平安時代に技術は流入したが定着しなかった。
っていうか宮中で源氏物語なんて不倫&ロリコン&マザコンの色男の物語が回し読みされてた。シナの皇帝が読んだら真っ青になったのでは?(笑)
この玉無しの宦官達は政権交代の時には悲惨な運命が待っていたという。
これは メッセージ 22404 (tututontutu_tutonton さん)への返信です.
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