シナ料理はゲテモノだらけ特に人肉食!
投稿者: tututontutu_tutonton 投稿日時: 2008/02/19 08:59 投稿番号: [22404 / 41162]
「中国歴代戦乱編年史」によると中国では太古から毎年必ず戦争が起きていたそうです。
戦争が起これば当然田畑があらされ飢餓におちいる。
中華料理には数多くの日本では「ゲテモノ」と考えられる食材があるが。
これらが登場したのも飢餓故のことだろう。
普通に考えれば断崖絶壁のツバメの巣をわざわざ取りに行くだろうか?
日本では「ナマコ」でもはじめて食った奴は・・・・。なんていわれるが(笑)
よく「広東人は二足なら親以外、四足なら机以外、泳ぐものなら潜水艦以外、空を飛ぶものなら飛行機以外なんでも食ってしまう」
実際となりの人を襲って食肉にした話はシナでは多々ある。
が、シナ人の共食いは飢餓ゆえのことのみではない!
過去には飢饉や孝行、薬用、儀礼などで人肉食が行われたとされ、文献にも記されている。人肉の料理法が記述されている文献もある。
臠(きりみ)
人肉を刺身のように薄く切ったもの、または切り刻んだもの。
脯(ほじし)
先の臠(きりみ)を干して乾燥させたもの。人肉の干し肉。
羹(あつもの)
人肉の鍋料理。煮込み人肉料理。
醢(ししびしお)
人肉の漬物。人肉を切って干した後、麹や塩、酒(それらの混合物)に何カ月か漬ける。
こんな料理法から見ると、彼らが飢餓の克服のために人肉を食べてたのではなく、美食として食べていたのがよくわかる。(怖)
19世紀(清の時代)まで凌遅刑という人の全身を切り刻むという処刑が存在し、その刑など死刑に処された人肉を漢方薬にして売られていたという記録や写真がある。
死肉あさる猛獣でも飢えなきゃ共食いなどしない。ましてや人間の死体売って金を稼ぐなど世界でもシナ人しかやらない最低の行為です。
殷代の人肉食や孔子が加工された人肉を食べていた伝承或るいは歴史書等も根拠とされている。
人肉は高貴な「士」の美食の一環だったということだね。(怖)
小説でも中国四大奇書のひとつである『西遊記』の人肉饅頭や『水滸伝』の人肉食の記述がある。『三国志演義』には「劉備が曹操に追われてある家に匿われた時に、その家の主人が劉備に献上する食料がなく妻を殺害し、その妻の肉を劉備に献上しそれに感動した劉備はその後その家の主人を高官にした。」との記述があり吉川英治著の『三国志』でこの記述の際には、シナの人食文化に付いて触れている。また、『史記』にも飢饉や戦争により食料が無くなると自分の子供と他人の子供を交換し、交換した子供を絞め殺して食べたという記述が残っている。
北宋代の料理書には両脚羊と言う人間料理の項目があり、秘密裏の人肉市場が存在したと言われている。両脚羊とは二本足の羊という意味で、食用人間の事を指す。さらに、病気の夫などに、妻の腿の肉を食べさせるという風習もあったらしい。
また、文化大革命時に於いても粛清と言う名目で人肉食が広西等で白昼堂々と行われていたと言う報告があるが真偽は定かではない
現代でも密かに堕胎された胎児「胎児料理」と呼んで食べるシナ人がいる。
今も昔もシナ人は残虐非道の人種。
洛陽から長安に逃げた董卓も多くの食用人間を強制移住させ洛陽に火を放った。
劉備も住民連れて一緒に逃亡、普通なら隠れて新野の近辺に住まわせ劉備が何処かに落ち着いてから呼びにいけばいいのに住民を放さなかったのは?
蒋介石は南京にいる20万もの食用人間を殺し腐らす為に南京に便衣兵を残して、シナの奥地で隠れていたようですね。
戦争が起これば当然田畑があらされ飢餓におちいる。
中華料理には数多くの日本では「ゲテモノ」と考えられる食材があるが。
これらが登場したのも飢餓故のことだろう。
普通に考えれば断崖絶壁のツバメの巣をわざわざ取りに行くだろうか?
日本では「ナマコ」でもはじめて食った奴は・・・・。なんていわれるが(笑)
よく「広東人は二足なら親以外、四足なら机以外、泳ぐものなら潜水艦以外、空を飛ぶものなら飛行機以外なんでも食ってしまう」
実際となりの人を襲って食肉にした話はシナでは多々ある。
が、シナ人の共食いは飢餓ゆえのことのみではない!
過去には飢饉や孝行、薬用、儀礼などで人肉食が行われたとされ、文献にも記されている。人肉の料理法が記述されている文献もある。
臠(きりみ)
人肉を刺身のように薄く切ったもの、または切り刻んだもの。
脯(ほじし)
先の臠(きりみ)を干して乾燥させたもの。人肉の干し肉。
羹(あつもの)
人肉の鍋料理。煮込み人肉料理。
醢(ししびしお)
人肉の漬物。人肉を切って干した後、麹や塩、酒(それらの混合物)に何カ月か漬ける。
こんな料理法から見ると、彼らが飢餓の克服のために人肉を食べてたのではなく、美食として食べていたのがよくわかる。(怖)
19世紀(清の時代)まで凌遅刑という人の全身を切り刻むという処刑が存在し、その刑など死刑に処された人肉を漢方薬にして売られていたという記録や写真がある。
死肉あさる猛獣でも飢えなきゃ共食いなどしない。ましてや人間の死体売って金を稼ぐなど世界でもシナ人しかやらない最低の行為です。
殷代の人肉食や孔子が加工された人肉を食べていた伝承或るいは歴史書等も根拠とされている。
人肉は高貴な「士」の美食の一環だったということだね。(怖)
小説でも中国四大奇書のひとつである『西遊記』の人肉饅頭や『水滸伝』の人肉食の記述がある。『三国志演義』には「劉備が曹操に追われてある家に匿われた時に、その家の主人が劉備に献上する食料がなく妻を殺害し、その妻の肉を劉備に献上しそれに感動した劉備はその後その家の主人を高官にした。」との記述があり吉川英治著の『三国志』でこの記述の際には、シナの人食文化に付いて触れている。また、『史記』にも飢饉や戦争により食料が無くなると自分の子供と他人の子供を交換し、交換した子供を絞め殺して食べたという記述が残っている。
北宋代の料理書には両脚羊と言う人間料理の項目があり、秘密裏の人肉市場が存在したと言われている。両脚羊とは二本足の羊という意味で、食用人間の事を指す。さらに、病気の夫などに、妻の腿の肉を食べさせるという風習もあったらしい。
また、文化大革命時に於いても粛清と言う名目で人肉食が広西等で白昼堂々と行われていたと言う報告があるが真偽は定かではない
現代でも密かに堕胎された胎児「胎児料理」と呼んで食べるシナ人がいる。
今も昔もシナ人は残虐非道の人種。
洛陽から長安に逃げた董卓も多くの食用人間を強制移住させ洛陽に火を放った。
劉備も住民連れて一緒に逃亡、普通なら隠れて新野の近辺に住まわせ劉備が何処かに落ち着いてから呼びにいけばいいのに住民を放さなかったのは?
蒋介石は南京にいる20万もの食用人間を殺し腐らす為に南京に便衣兵を残して、シナの奥地で隠れていたようですね。
これは メッセージ 22399 (tututontutu_tutonton さん)への返信です.