南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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昭和バカ天の開戦天皇機関説知らんか?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/08/27 06:28 投稿番号: [20866 / 41162]
おっさん、、日和見的ご都合主義者   らしい返答だな(笑)
天皇機関説を唱えた美濃部達吉は謀反人として   排撃されたのだがね(笑)

あんたが書いてるのは   戦後の天皇の権能だよ(笑)
いい加減な奴だな、、いいとこ取りかい(笑)


天皇機関説の発展

[編集] 天皇機関説前史
大日本帝国憲法の解釈は、当初、帝国大学教授・穂積八束らによる天皇主権説が支配的で、藩閥官僚による専制支配(超然内閣)を理論の面から支えた。天皇主権説とは統治権の意味での主権を天皇が有すると説く学説である。また、この天皇主権は究極のところ天皇の祖先(皇祖皇宗)に主権があることを意味する。昭和戦前期に天皇機関説から天皇主権説に転じた宮澤俊義は「神勅主権」を主張した。


[編集] 天皇機関説の濫觴
これに対し、東京帝国大学教授・一木喜徳郎は、統治権は法人たる国家に帰属するとした国家法人説に基づき、天皇は国家の諸機関のうち最高の地位を占めるものと規定する天皇機関説を唱え、天皇の神格的超越性を否定した。もっとも、国家の最高機関である天皇の権限を尊重するものであり、日清戦争後、政党勢力との妥協を図りつつあった官僚勢力から重用された。


[編集] 天皇機関説の隆盛
日露戦争後、天皇機関説は、一木の弟子である東京大学教授・美濃部達吉によって、議会の役割を高める方向で発展された。すなわち、ビスマルク時代以後のドイツ君権強化に対する抵抗の理論として国家法人説を再生させたイェリネックの学説を導入し、国民の代表機関である議会は、内閣を通して天皇の意思を拘束しうると唱えた。美濃部の説は政党政治に理論的基礎を与えた。

美濃部の天皇機関説はおおよそ次のような理論構成をとる。

国家は、一つの団体で法律上の人格を持つ。
統治権は、法人たる国家に属する権利である。
国家は機関によって行動し、日本の場合、その最高機関は天皇である。
統治権を行う最高決定権たる主権は、天皇に属する。
最高機関の組織の異同によって政体の区別が生れる。
(衆議院憲法調査会・事務局作成資料「明治憲法と日本国憲法に関する基礎的資料」から引用参照)

大正時代の初めには、穂積の弟子である東京大学教授・上杉慎吉と美濃部との間で論争が起こる。共に天皇の王道的統治を説くものの、上杉は天皇と国家を混同し、「天皇は、天皇自身のために統治する。」「国務大臣の輔弼(ほひつ。君主の統治を助けること。)なしで、統治権を勝手に行使できる」とし、美濃部は「天皇は国家人民の為に統治されるのであって、天皇自身の為に統治するのではない」と説いた。

この論争の後、京都帝国大学教授・佐々木惣一もほぼ同様の説を唱え、美濃部の天皇機関説は学界の通説となった。民本主義と共に、議院内閣制の慣行・政党政治と大正デモクラシーを支え、また、美濃部の著書が高等文官試験受験者の必読書ともなり、大正時代半ばから昭和時代の初期にかけては、天皇機関説が国家公認の憲法学説となった。同時期に摂政・天皇であった昭和天皇が、天皇機関説を当然のものとして受け入れていたことは、よく知られる。また、美濃部とは対極とも見られる右翼思想家・北一輝も一時期は、天皇機関説の立場を採っていた。
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